5 何故私がこんなことを


ドスン、ドスン、と聞こえない地響きを鳴らしてスネイプはストレスを靴裏から小出しにしていた。彼が通れば道が作られ生徒は静まる。いつものローブに羽織った旅行用マントは当然のように真っ黒で、颯爽と歩く彼に続いてバサリ、バサリ、と周囲を威圧していた。それはたとえ生徒の保護者がいようと取り繕われることはない。

ホグワーツは今日から夏期休暇に入る。

シューっと紅の汽車が煙を吐き出した。人も荷物も運び終わったそれはすべてを吐き出しきると今度は誰も乗せぬままゆっくりと動き出す。車輪の回転が瞬く間に上がり、車体が見えなくなる頃には、ホームの混雑は半分ほどに減っていた。

それをスネイプは適当な柱に身を寄せじっと観察する。腕を組み尊大さを垂れ流しながら目を光らせる彼の姿はここキングズ・クロス駅の9と3/4番線では非常に珍しい光景だった。生徒はチラチラと気にする様子を見せながらも長く彼を視界に留めておく勇者はいない。況してや彼自身へここにいる理由を尋ねに行ける勇者などいるはずもなかった。

故に、彼が生徒の監視のためいるのではなく、ただ一人を探しているだけだとは誰も気付かない。

ある一人の女子生徒を除いて。

彼女はスネイプの姿を見付けると目を輝かせた。手を上げそうになって、彼の射るような視線に自粛する。ようやく学友と別れを済ませた探し人が大荷物を引きずりながら渾身の早歩きで近付いてくるのを確認し、スネイプはマグル側のホームへと柱を抜けた。


何故私がこんなことを。不満しかない。しかしどれだけ腹を立てようと、ダンブルドアの依頼を断れた例しがない。リリーの息子を守る必要もなくなり彼に従う義理などないというのに結局はいつもこう。


「先生、歩くの速いです」

「見失うことはなかっただろう」

「それは、そうですけど……」


トランクをドサリと地面に置いて、リリーが上がった息を整える。駅を少し離れた路地で二人は人目を憚り合流していた。


「もう一度言う――」

「家を漁るな、来客に姿を見せるな、食事などは各自で用意する。ですよね。耳にたこができましたよ」


分かりやすくうんざりといった表情でエバンズがトランクに座った。うんざりなのはこちらだ。目付け役だけでも面倒だというのに夏期休暇を私の家で過ごさせるなどと。


「嫌なら今年もホグワーツに残れば良かっただろう」


入学する前の1年はずっとそうだった。校長室と同じ廊下に用意された一人部屋でダンブルドアの保護の元他の教員やゴーストからも隠れて生活していた。生徒として席を置く今はもっと自由に過ごせるはずだ。


「私もそう校長に進言しました。ですが生徒として過ごすからには特別扱いはないと。それに多感な時期の子供が学校に引き籠っていては不健全だそうです」


彼女は両手を肩に上げ首を竦めた。

よもやその言葉のまま説き伏せられたわけではないだろうに、『多感な時期の子供』と当の子供が表現するのは些か違和感を覚える。

いやそもそもその『多感な時期の子供』を他人の異性へ押し付けるのは常識的ではない。


「宿を取れば良い。君は昨年私の給料では何十年もかかるほどの額を稼いでいる」

「それも言ったんです!答えはこう『子供のきみは保護者の監督下で過ごすべきじゃ』。結局は正体不明の私を野放しにはしたくないってことですよね?理解しています。スネイプ先生にはご迷惑をお掛けしますが、校長に目をかけられている存在同士上手くやりませんか?」

「君が正体を現せば済む」

「ミステリアスな女はお嫌いですか?」

「そうだな。素直な人間の方が転がしやすい」


エバンズは顎に手をやり首を捻っていた。ミステリアスと言えば聞こえは良いが、彼女は単なる不審人物だ。目を合わせ開心術を使ってみても、ホグワーツの大広間で発見した日以前の記憶は見えなかった。この歳で優秀な閉心術士だというのなら警戒は最大限に引き上げねばならないが、そうでないのは明らか。似たようなものだったと言うダンブルドアを信じるなら、彼女の心には外因的なプロテクトがある。しかし彼女本人は記憶喪失というわけでもない。


「私は日本人です」

「既に聞いた」


突然話し出した彼女を訝しみ、組んでいた腕を腰へと当てる。


「イギリスは今回が初めてで、魔法界は夢物語だと思っていました。家族はいません。私はこの世界で一人ぼっちの浮いた存在です。ですからホグワーツに通えることも、監視とはいえ誰かと休暇を過ごせることも、とってもありがたいと思っています」


そう言って彼女は私の目を真っ直ぐに見上げた。挑戦的なその視線に私は再度開心術を試みるが、分かったのは彼女に嘘を吐く気がないことだけ。

『一人ぼっちの浮いた存在』というのは随分と温厚な表現だがダンブルドアによれば彼女は生まれてからの10年間、どこにも存在が確認できなかった。同姓同名はいるもののそのすべてが彼女とは別の人間であることが判明している。


「気味が悪い」

「好きになってくれました?」

「それには情報が足りないな」


隠し持っているのはこれだけでないはずだが、彼女はこれ以上口を割る気はないようだった。


「色々言いましたが、ここで解散しても構いませんよ。ダンブルドアにバレなければ良いわけですし、自分のことは何とかなるので」


願ってもない申し出だった。

しかし、


『少しでも多く彼女自身のことを聞き出してほしい』

『ご自分でなさった方が良いのでは?私には向いていない任務です』

『そうかな?きみは随分と好かれておるじゃろう。彼女の卒業までまだ日はある。頼んだぞ』


好かれているから何だ。彼女の気持ちを利用しろとでも言うのか。――いや、それがダンブルドアの手か。闇の帝王が消えた後も私が彼の元にいたのはリリーへの気持ちがあったから。あの人は昔から変わらない。


「彼は君に会うため突然家へ来かねない。……間抜け面を引き締めろ。立て、行くぞ」

「えっ、あっ」


スネイプは締まりのない口で見上げてくるリリーの二の腕を掴み引き上げた。容易くついてきた身体を立たせると、彼女の椅子にされていたトランクを持ち上げる。


「姿くらましで行く。バラけたくなければ私の腕を離すな」

「は、はいっ!」

「もう一歩近くに。離れていて君がバラけても私に非はない」


スネイプの脅しにリリーは大きく一歩彼に寄った。腕にしがみつき目を閉じて、未知の不快感へ緊張を高まらせる。

バチン、と乾いた音が路地に残された。


スピナーズ・エンドにある空き地。重く濁った空気の立ち込めるその場所に突然人影が現れた。マントを風に靡かせて立つ大きな黒い影のそばで、小さな影が蹲る。育ちすぎた蝙蝠のような影はどこからか取り出したゴブレットを立ち上がらない影へと差し出した。そしておもむろにトランクへ腰掛ける。何事かを話し掛け、足元の影が縦や横に首を振るのを眺めると、小さな背中を何度も擦ってやった。






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