12 残留


ルーピンの家を発ち、姿現しをしたのはホグワーツを区切る門のすぐそば、敷地の外だった。校長室へ行く前に医務室へ寄ってみようか。ポッターの寝顔を覗くだけ。寝顔に一言添えるだけ。

ごめんなさい、と。


「ルーモス(光よ)」


杖先を灯し大きな鋳鉄の門に手をかけたとき、ゆらゆらと揺れる光が現れた。遠くの方でちらちらと光る球は徐々に大きくなり、とうとう人影が浮かび上がる。


「リリー?……あぁ、リリー!何か問題はありませんでしたか?」

「何も。とても良くしていただきました」


暗く沈んだ顔は上手く夜が隠してくれただろう。 ランプ片手にずんずんと歩いてきたマクゴナガルが、リリーを確認するやいなや矢継ぎ早に捲し立てる。ぐいと寄せられた灯りに目を伏せると、背をポンポンと叩かれた。


「校長先生がお待ちです。まったく、何をお考えなのやら!何もなかったからいいものの、リリーをリーマスの元へ行かせるなど、言語道断です!彼の個人的な事情のことを言っているのではありませんよ。森に一人で暮らすいい歳の男の家へ、年頃の女性をやるなどと!知っていれば反対しました!」


同じ調子で校長に意見する様子を想像して、こっそり笑みを浮かべた。彼の個人的な事情を校長からは聞かされていないと知ったら、小言はこの比ではなくなるだろう。ランプは歩き始めた足元を照らしていたのに弧を描く口元が目敏く見つかり私も標的に加えられてしまう。

軽々と追い越していく風にローブをはためかせ、リリーは待ち人のいる校長室へと向かった。




「レモン・キャンデー」


飛び退いたガーゴイルの横をすり抜け、螺旋階段に運ばれる。現れた扉に軽くドアノッカーを打ち通されたのは、数日前と何ら変わらない校長室だった。


「お待たせしました、ダンブルドア校長」

「休暇は如何じゃったかな」

「若い女が来るとは知らされていなかった、と。ですがとても良くしてくださいました」

「言うておらなんだかの」


齢30の自分を自分で「若い」と称するのは抵抗があるが、リーマスの言葉をそのまま借りる。ダンブルドア校長の惚けた言葉には計画的な空気を察するが、今はそんなことどうだっていい。


「ポッターの怪我は悪化しました」

「骨抜きに?」

「いえ、それは……。兎も角、私がホグワーツにいない間も影響は出てしまったということです」

「そうじゃろうの」

「分かってらっしゃったなら何故!」

「はて、それは言うたはずじゃ。きみの息抜きじゃと」


適当に流される会話に苛立ちを隠す気も起きず、以前勧められた椅子にドカリと居座る。落ち着け、落ち着け、目の前の人間に腹を立てても仕方がない。口先も慧眼も先見の明も何一つ敵うはずがない。


「それで?」


不満を含ませつつも、幾分か落ち着いた声色でリリーが問う。


「きみは知っておるのじゃろうな?ハリーの予言を」

「はい」

「ハリーは避けられぬ。自ら飛び込むか、巻き込まれるかしかない。じゃがきみは違う。いつでも手を引くことができる」


ポッターの選択肢はどちらをとっても同じようで、大きく違うのだと彼は言う。そこには大きな差があり、意味が異なるのだと。ポッターは勇気ある選択をした。予言があるからではなく、彼の意志で進む方向を定めた。


では私は?

私の選択肢は初めから表と裏のように異なっている。


「さて、きみが《本》のことをわしに知られてくれたということは、わしを信用して助言を求めたと解釈してよいな?」

「はい」

「では言おう。留まるのじゃ、リリー。きみが辞めたところで、関わった事実が消えることはない。既にきみは多くの者の心に痕跡を残しておる」

「…………」

「人を傷つけとうないなら、きみが救うのじゃ。これはきみにしか出来ぬ」


未だ読む気はないのか、と言いたいのをグッと飲み込んだ。私がいてもいなくても同じこと。悔やんでももう遅い。

ホグワーツはとても温かい。この場所を私のせいで壊したくはない。ならば、やらねば。進み始めた汽車にブレーキがないのなら、私がレールを敷き直すまでだ。大丈夫、やれる。


いや、やるしかない


これから命を懸ける人たちがいる。求める未来を目指して走り抜く人たちがいる。私も、共にありたい。


「ダンブルドア校長、私は……逃げません」

「よう言うた」


半月形の奥をじっと見つめ、拳を硬く握った。細められたブルーの目が、首の動きに合わせゆっくりと上下する。


「さて、すっかり更けこんでしもうた。途中まで送ろう。ココアが飲みたくなっての、厨房へ行くついでじゃ」


『ココア』今日は新たな犠牲者が出る日だ。襲われる時間は明確にされていなかったが、まさか、もう。


「校長、先に行きます」

「それがよかろう」


リリーのただならぬ様子に察したダンブルドアは瞳に鋭さを携え促した。リリーはコクリと頷くと、雑に開け放った扉から動く螺旋階段を駆け降り、半ばガーゴイルを押し退けるようにして飛び出す。

新たな犠牲者コリン・クリービーは恐らく寮から医務室へ向かっていた。一方発見者のダンブルドア校長は校長室から厨房へ。ならば、発見場所は……。

ローブから杖を抜き、備える。万が一バジリスクの目を見ることのないように、心当たりを走りながらも視線は足元のみを映した。曲がり角では一応気配を探ってみるが、果たして効果があるかどうか。自分の荒い息づかいがすべてを台無しにしている気がしてならない。




「クリービー!」


何度目かの階段と曲がり角を過ぎたとき、横たわる身体が視界に飛び込んだ。小柄な少年はその小さな手にカメラを握り、幸いにも熱心にファインダーを覗き込んでいた。


「良かった……本当に、良かった……」


急激に抜けたに力に膝は曲がり、数字の『1』のように固まったクリービーの隣へへたり込む。触れた頬は冷たく、生命を感じない身体。しかし彼の覗くカメラは、リリーに彼の命を教えてくれていた。


「リリー、その生徒が?」

「新たな犠牲者、コリン・クリービーです。悪化は、見られませんでした」


足早に駆けつけたダンブルドアのローブの布ずれが横を過ぎ、リリーの向かいで止まった。膝をつき、折れた鼻を限界までクリービーに近付け、食い入るように観察する。


「石になっておる。きみの影響は必ずしも出るわけではないようじゃな。リリー、ミネルバを呼んできて貰えるかの?」

「はい、すぐに」


そろりそろりとクリービーの握るカメラに手をかけていくダンブルドア。クリービーの命を救った相棒は、告発を封じられ、煙を吐いた。


猫やポッターとクリービーの違いは何だろうか。悪化したりしなかったり。そもそも違いがあると考えるのが間違いかもしれない。無作為な悪意。それを私は退ける。ただそれだけだ。私はこれから何が起こるか《知っている》。すべてを見守るのみだ。


私は、臆病者ではない







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