11 結果


ルーピンとリリーはとても気が合った。お互いを気遣い合う温度がピタリと嵌まり、とても楽だった。宛がわれた寝室に籠る以外は常に行動を共にしたし、それが苦ではなかった。

3日前、玄関扉を叩けず震えていた自分を蹴りつけてやりたい。


「今日でリリーの手料理が食べ納めかもしれないなんて、寂しくなるね」

「私は家政婦代わり?リーマスは自分を軽んじすぎてるだけだよ。食事はバランスよく摂らないと」

「コーヒーとトーストの香りで目覚める朝は最高だった。もう二度とないよ」


月明かりの届かない窓を背に、リリーは洗った皿をルーピンへ手渡していく。まだ水滴の残る手で、悲しげに目を細める彼の頭をペチリと叩いた。これから素敵な出会いが待っているんだと、その諦めきった瞳に言ってやりたい。

彼には今日か明日、ダンブルドア校長からの手紙が届き次第出ていくつもりだと言ってある。私が何故保護されなければならないのか、何故わざわざ安全なホグワーツから出てきたのか。彼が踏み込んでくることはなかった。


たった3日。されど3日。リリーという些細ではあったが共通の話題も手伝い、二人には多少なりとも繋がりか出来た。

ルーピンは学生時代を面白可笑しく語るのが上手く、大笑いした悪戯の数々や如何にジェームズがリリーを口説き落としたかなどを教えた。が、最後までシリウスの名前が出ることはなかった。

代わりにリリーはポッターについて語った。彼にも親友がいること、一年生でクィディッチのシーカーに選ばれたこと、リリー譲りの優しい男の子であること。話は尽きず、退屈する暇もなかった。


「そろそろ荷物をまとめておかないと。ベッド使っちゃってごめんなさい。ソファじゃゆっくりできなかったでしょ」

「いや、私はどこでも寝られる質だからね。さ、君が帰る前にこれを読みきらないと」


夕食後は各々本を読んで過ごすことが多かった。ルーピンはリリーの持ち込んだ古書を、リリーはルーピンの本棚から気に入ったものを選び取り、どちらかが眠くなるまで続ける。彼が本に集中し出したのを見届けると、寝室へ向かった。

慣れた戸を開けるとカシャリと錠前の揺れる音がする。内側にいくつも並ぶ金属が異様な雰囲気を醸し出しているが、リリーはあえてそれに言及しなかった。小さなガラス窓には鉄格子があり、木枠に嵌め込める木製の板。ここは外界を遮断し立て籠る……いや、閉じ籠るための部屋だった。

経年の劣化では付きようのない傷もたくさんある部屋で、彼は毎日その傷を見ながら眠る。一体、どんな気持ちで……。

ベッドサイドテーブルを一撫でし、上に置かれた本を片手に積み重ねていく。本からは到底学べない生きた情報に気を取られ、ぼんやり歩いたのがいけなかった。


「きゃあっ?!……いったた」


足下を何かが掠め、ぐらついた拍子にお尻からドスンと無様に着地してしまった。加えて抱えていた分厚い本たちが足指目掛けて落下する。踏んだり蹴ったりとはこのことだ。

ドンドンドンッ!!!


「リリー?!どうした?!」


間を開けず叩かれた扉の向こうで、酷く慌てたリーマスの声がする。当然だろう。彼は私に何も起こらないよう警戒するのが仕事なのだから。そんな彼を自らの不注意で動かせてしまったことが、とても情けないし申し訳ない。


「平気。ドジを踏んだだけ。鍵は使ってないから、入って」


自分の家だというのによそよそしく開けたリーマスが可笑しくて、ふふっと声が漏れてしまった。荒れた本をまとめ直し、靴越しに爪先を擦る。ドクシーでもいたのだろうか。まさかパフスケインを飼ってましたなんてオチはないだろうし、後で探しておかないと。


「ごめんなさい、騒がせてしまって」

「心臓が飛び跳ねたよ。足、痛めたの?」


リリーは側で膝を付いたルーピンに促されるまま本を渡す。彼はそれをサイドテーブルに置き直すと、リリーの手を引き床からベッドへ引き上げた。


「本を数冊落としただけだから。借り物なのに、ごめんなさい」

「いいよ。それより診せて。学生時代の話をしただろう?賑やかな友人のお陰で、多少の心得はあるからね」


「彼らにはあまり必要なかったけど」と肩をすくめて笑うリーマスの目には、きっと悪戯盛りの自分たちが映っているのだろう。

靴から解放された足はひんやりとしたが、彼が杖を振るとじわじわ熱が籠っていく。再び外気に冷やされる頃にはすっかり痛みも消えていた。


「ありがとう、リーマス」

「どういたしまして。……それで?君はここに来てから部屋の鍵をかけたことがないって?」

「?そうだよ。もし何かあったとき、鍵は邪魔でしかないから」


何故今更鍵の話になったのか。害虫なら鍵をかけていてもいつの間にか入り込んでいるものだろう。それに万が一の事態になれば、一分一秒の遅れが命取りになる。当然だろう、とリーマスを見れば、盛大なため息をつかれた。


「私は君の護衛だけど、男でもあるから……」

「でも何もなかった。つまり、鍵は必要ない。ね?」


リーマスの言いたいことを汲み取って、ニヤリと意地悪く笑ってやった。

私が鍵をかけなかった理由は一つじゃない。リーマスがたとえ困難に侵されていようとも、疎まれるべきではないし阻まれる理由にもならない。扉は常に開かれているのだと、示したかった。これは純粋なエゴだ。いつかこの思いが彼に伝わる日が来れば良いと願う。

呆れたような諦めたような顔で隣に腰かけるリーマスを見やりクスクス笑っていると、チラリと視界の端に輝くような深紅が映り込んだ。


「フォークス?」


確信はないが、リリーの知る不死鳥は校長室で見た一羽だけだった。長い金色の尾羽を揺らめかせ金色の爪からはヒラリと手紙が舞い落ちる。返事を望まないフォークスはクルリと輪を描くと飛び去っていった。


『ハリー、クィディッチにて負傷
・腕―骨抜き
・鼻―骨折
・後頭部―強打
・足首―捻挫
命に別状なし』


無記名の封筒に不審がることもなく中を確かめた。手紙というにはあまりにも質素で報告書と呼ぶにも簡潔すぎるそれは、以前見たダンブルドア校長の細長い文字だ。気を使って視線を逸らしたリーマスに、ダンブルドア校長からだと手渡す。


「マダム・ポンフリーにお任せすれば大丈夫。でも荷物をまとめたらすぐに出るよ。校長にお会いしないと」


手紙に目を通し顔色を変えるリーマスの肩をそっと撫でる。マダムの卓越した治療技術は承知のことだろうが、あえて口に出すことで得られる安心感だってある。


「ハリーを頼んだよ」


薄く微笑んだ彼の目はもどかしさと悲しみに揺れていた。


「もちろん」


胸を張り力強く答えたリリーに頷くと、ルーピンは部屋から出ていった。リリーは持ち込んだボストンバッグに向き直り、そこでようやく力を抜く。


ポッターの怪我は私のせいだ


骨抜きはともかく、鼻や足は本来なら無事だった場所。私がホグワーツを出たところで、事態は悪化した。鶏が雛に戻れないように、一度手の加わってしまった流れは、二度と元には戻れないのか。

後悔ばかりが胸を満たす。あの日私が忠誠の術を選んでいれば。好奇心を殺しただの一魔女に甘んじていれば。今更だと割り切ることも出来ず、ただただ自責に身を浸した。


「リリー?この本、返すよ」


いつの間にか自分の世界に深く潜り込んでしまっていたらしい。背後から声をかけられ、バッと音がするほど勢い付けて振り返る。


「あっ、本。ううん、いい、しばらく貸してあげる。何度も読んだし、また会えるでしょ?」


何か言いたげなルーピンを無視して、手付かずの荷造りに杖を振る。服やペンの少ない私物が鞄に滑り込み、パチリと口の閉じる音が完了を知らせた。


「会えるかどうか、」

「ホグワーツに雇われる前は古書店をしていてね。それを気に入ってくれたなら、きっと他にも気に入る本があると思うよ。今は閉めてしまってるけど、いつか招待する」


分からない、と続きそうな言葉に被せて、曖昧な未来を約束する。


「あとこの部屋、何か住み着いてるかも。駆除した方が良い」

「分かった」


眉尻を下げて笑うルーピンは、もう何も言わなかった。

二人連れ立って家の外へ向かう。紳士的に運んでくれた手荷物をリーマスから受け取り「それじゃあ」と別れのハグをした。

また彼と会えるのは、10ヶ月後だろうか。それまでは気紛れに手紙を書くのも良いかもしれない。彼とは話が尽きないのだから。







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