10 検証


そこは古びた小屋のようだった。良く言えばログハウスと表現出来なくもないが、窓から灯りが漏れていなければ人が住んでいるとは到底思えない場所。そこへ日暮れの鬱蒼とした木々を縫うように進み、誰とも擦れ違うことなく辿り着いた。

リリーを案内したダンブルドアはすこぶる忙しい中で役目を買って出たらしく、玄関扉を叩く前にポンと音を立て姿をくらました。


今回の目的は私がホグワーツを離れることで、悪化はなくなるのか確認すること。ダンブルドア校長曰く、私のリフレッシュがメインらしい。相応しい場所だとは思えないが、森林浴はし放題だ。

3日後の土曜日には今年最初のクィディッチ戦があり、そこでポッターはブラッジャーに狙われるはず。 あの事件は殺意のあるものではないし、悪化したとしてもきっと大丈夫。それに私は、悪化しない方に賭けている。

ダンブルドア校長から結果の知らせが届き次第、私はホグワーツへ戻る予定だ。


改めて、3日間の宿を仰ぎ見る。家主はリーマス・ルーピン。連絡済で信頼のおける人物だということ以外大した説明も受けていない。ダンブルドア校長は私がルーピンを知っていると、知っているのだろうか。話した覚えも開心術を受けた覚えもないが、そう感じさせるつかみ所の無さがあの翁にはあった。

そう《本》の内容が正しいなら、彼の人柄は知っている。そして、狼人間であることも。

面と向かって痛罵しようとは思えないが、偏見がないとも言いがたい。現にこうして戸を叩けずにいる上、心拍は速く手が震えているのだ。同じ時期にホグワーツで暮らしていたのは確かだが、人気のないここでしばらく二人暮らしとなればまた違う。

とは言え、ダンブルドア校長の紹介である手前、勝手に帰るわけにもいかない。幸い(もちろん校長は承知の上だろうが)満月へは程遠く、彼が姿を変えることはないはずだ。短く息を吐き出すと、覚悟を決める。震えは既に止まっていた。


トントントン


リズム良く響いたノックを裏切り、重苦しく悲鳴をあげる木製の扉。中から顔を出したのは着古したシャツの似合う白髪混じりの草臥れた顔で、痩けた頬が彼の日常を物語っているようだった。


「ダンブルドア校長の紹介で参りました。リリー・エバンズです」


慣れた笑顔で手を差し出すも、一向に握り返される気配がない。失礼な男だ。もう少し愛想の良いタイプだと思っていたが、《本》とは違ったのだろうか。


「あぁ、いや、話は聞いているよ。こんな場所で悪いね」


力なく笑う彼にようやく手を握り返され、ホッと息をつく。かさついた肌に節張った指、この手にどれだけの苦労を握らされてきたのだろう。

そして、これからも。


「入っても?」

「あぁ、もちろん。どうぞ」


何か思うところのある様子を見せたルーピンだが、声をかければ、すんなり中へ通してくれる。外観通りの内装を想像したものの家具は期待以上に整っており、木からは温かみが溢れていた。或いは、来客用に整えられたか。


「紅茶で良いかい?」

「はい。ありがとうございます」


示された席へ腰を下ろし数分待てば、ふんわりと漂うアッサムと甘いチョコレートの香り。確かホグワーツ特急でもチョコレートを配っていたような。単なる吸魂鬼対策ではなく、彼の好物でもあったのだろうか。

《本》に思いを馳せていると、ギシリと向かいのソファが沈む。

さて、と話し始める彼に姿勢を正すと「そんな柄じゃないから」とやんわり制される。まるで見本だとでもいうようにルーピンは深く座り直し、にこりと笑った。


「さっきは悪かったね」


横目で扉へ視線をやったルーピンに、気にしないでほしい旨を伝える。


「あー、しばらく保護してほしい人がいるとは聞いていたんだけど、それがまさか……君だとは」


「若い女性をこんな場所の男一人の所へやるなんて」と続けながら眉尻を下げる彼が、リリーの扱いに戸惑っていることは明らかだった。気を紛らわすためか何度もチョコレートへ伸びている手を眺めながら、リリーも真似て手をつける。


「ご迷惑でしたら、すぐにでも私からダンブルドア校長へお断りの連絡をさせていただきます」


闇陣営からのアプローチは今のところない。油断できないが、知られていないのだろう。念のため帰る気はないが、B&Bを転々としても構わない。


「いや、こちらは構わないんだ、仕事だからね。寧ろ居てくれた方が良い。ただ君は……どうかな、と思って」


どうとは『こんな場所の男一人の所』を指すのだろう。私とてずさんな説明のもと連れて来られた訳だが、名前だけでも聞かされていた分まだマシだ。

私としてはどちらでも良い。男、護衛、狼人間。どんな肩書きだろうとダンブルドア校長の推薦だ。《本》のこともあるし、信用する。


「私も、構いません」

「そうか、助かるよ。恥ずかしいことだけど、私は仕事が長続きしない質でね。こうしてたまにダンブルドアが気にかけてくださる。……私のことは何か聞いてる?」


空の口内からゆっくりと上下する喉。まるで迷子の子供のようなふらふらと揺れ縋る瞳。彼は、自身を狼人間だと知っているのか聞きたがっているのだと分かった。


「いえ、お名前しか」


知っている。が、聞いてはいない。屁理屈か頓知か。二人で過ごす間はこの言葉が必要だろう。現に幾分かリラックスした笑顔のルーピンがそこにいた。


「困ったお人だね、ダンブルドアも。私のことはリーマス、と。部屋は寝室を使ってくれて構わないよ。そこが一番安全な部屋なんだ」

「ではお言葉に甘えて。ありがとうございます」


彼もいずれ命を落とす側の登場人物。ならばせめて、彼の彼らしい様を覚えていたかった。語られない彼の人生の一部を胸に刻み付け、後生大事に抱えて生きていくのだ。それが予言を知りながら見守ることしかできない私の贖罪。


「ところで、君は私のこと覚えてないかな?」


言われて、記憶の糸を辿る。考えれば、先程も私を知っいてる風の口振りだった。しかし浮かび上がる記憶は《本》に関するものばかり。


「大変失礼ですが……」

「なら夕食を摂りながらでも話そうか。実は買い出しに行きそびれてしまってね。オートミールしか置いてないんだけど、良いかな?」

「では明日の予定は買い出しですね。人並みですが、ご迷惑でなければ作ります。世話になる礼を兼ねて何かさせてください。」

「それは有り難い申し出だよ。私はあまり得意じゃないから、どうしたものかと思っててね」


少し欠けた皿にカラカラと音を立ててオートミールが注がれる。見慣れたパッケージの夕食は牛乳との相性もよく、十分にお腹を満たしてくれた。


リーマスは私が初めて監督生になった年、七年生で同じく監督生をしていたのだと言う。そう言われて、ようやく合点がいった。

私はあの頃周囲に関心がなく、首席のリリーが分かる程度だった。しかし集まった監督生用のコンパートメントで顔は見合わせているはずだ。それにリリーを知っているなら、太陽のような彼女を邪険にしていた無愛想な後輩が記憶に残っていても不思議ではない。


ぎこちなかった会話も睡魔が襲う頃には解れ、自然な笑みが浮かぶ。話の流れで、持ち込んだお気に入りの古書を見せると、リーマスも気に入ってくれたらしく、世話になる間は貸すことになった。


「おやすみなさい、リーマス。また明日」

「おやすみ、リリー」


どちらともなく手を振って、子供のような別れにむず痒くなる。照れを隠すように苦笑すれば、彼もまた同じような笑みを浮かべていた。







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