9 悪化


足早に自室を通り抜け、隠し部屋へと下りる。厳重に仕舞い込んだ手間がもどかしい。ようやく掴み出した第二巻に目を落とし、僅かな違和感も溢さぬように慎重かつ素早く拾い上げていく。

明らかに違ったのはハグリッドの雄鶏が襲われた数。私が数日前にハグリッドから聞いたときには、既に二羽絞め殺されていた。

些細なもので言うならば、暴れ柳の損傷にも違和感はあった。関わってしまったため判断は付かないが、闇の魔術に対する防衛術でのピクシー妖精や、薬草学でのマンドレイクにも変化はあったかもしれない。悪化している証明には足りないが、今日の出来事だけでも十分な気がする。




日付が変わり少しした頃、ダンブルドアから声がかかった。リリーが校長室へ入るのは就任初日以来だった。相変わらず歴代校長は肖像画の中で狸寝入り。不死鳥のフォークスは羽根に顔を埋めていた。


「猫たちの様子はいかがでしたか?」

「誠に残念なことに、明暗が別れた。ミセス・ノリスは幸いにも石になるだけで済んだが、ジャスパー――もう一方の猫じゃが、こちらは死んでしまった」

「死ん、で……?」


サッと血の気が引き、まるで身体が自分から剥がれ落ちたようだった。浅い呼吸だけが繰り返され、頭がスモッグで覆われていく。どこからともなく愛猫を求め泣き叫ぶ少年の声が木霊した。


猫が、死んでいた?


「その様子じゃと、初耳かね?」

「はい。犠牲はミセス・ノリスの石化のみのはずでした」


狼狽した心と裏腹に、口からは冷めきった冷淡さが滲み出た。不思議なことにその自分の声で呼吸は深く落ち着いていき、靄は晴れ、本来の目的が蘇る。


「やはりあれらの本は予言書と言えます。ですがその内容は、悪化しました。昨年度にはこのような変化は見られていません。考えられるのは、私がホグワーツにいる影響。私の存在が予言を歪ませ、猫は死んだのです!」

「すべてが本の通りになるとは、最初から思うておらん。少し逸れたからと言って――」

「校長!……耳から離れないのです、猫を思い泣いた少年の声が。次は人かもしれない。このままではいくら校長が策を巡らせようとも、私が台無しにしてしまう!」


力任せに机を叩き立ち上がる。机上のよく分からない機器たちが立てる金属音が、今は不快を煽った。

校長には分からない。今の私の恐怖が。悠長に構えていられるのは《本》を読んでいないからだ。この先ホグワーツでは様々なことが起こる。それらを乗り越えていくには、道端の小石ほどの障害も排除しておくべきなのだ。

万が一、延々と続く闇の時代が来てしまったら。もしそれが、自分のせいだとしたら。私は正気を保ってられるだろうか。


「きみは本に囚われすぎてはおらんか?未来がどうなるかなど、元来誰にも分からぬことじゃ」

「本を、忘れろと?私はこのためにホグワーツへ戻ってきたというのに!」

「忘れろとは言うておらん。少し離れてみてはどうかと言うておる」

「離れる?」

「早めの休暇じゃ。時期はきみに任せるとして、きみのいないホグワーツを覗き見てからでも遅くはなかろう?」

「私は辞職を願い出に参りました」

「そう急くでない。生徒に人気の先生を2ヶ月で辞めさせたとあっては、わしがみんなに責められてしまう」


半月形の眼鏡の奥で光る双眼が、リリーの口を縫い付ける。朗らかに笑ってはいるが、これ以上反論を聞く気はない、と言外に示されていた。


「もしも正しく進むようなら、それはそのとき考えれば良かろう。日が決まったら教えておくれ。宿はわしに任せてくれんかの?きみの家より安全な場所じゃ」

「はい、校長」




翌日、リリーは日を定めた。今年度初の寮対抗クィディッチ戦、その少し前から休暇を取ることになった。《本》の筋書きでは、試合でポッターは怪我をする。しかしそれはバジリスクのような命を脅かすものではない。例え悪化したとしても、数百の観衆と教授方が彼を見守っている。

願わくは、ポッターが必要以上の痛みに苦しむことのありませんように。どうか、私の影響が消えてくれますように。




拭いきれない不安を抱えていても日々は続く。休暇前最後の日を午前中は朗読会と化した闇の魔術に対する防衛術を乗りきり、午後も湯気と煙の入り交じる悪臭の中で魔法薬学をこなした。材料棚の残りを眺めながら、意識は今後の予言へと向く。

教卓で提出された五年生の強化薬を眺める男も、予言に振り回される一人だ。自分の行動で、愛する者の命が零れた。心の奥底に閉じ込めおくびにも出そうとしない、私の恐れるものを体験した男。


「遅い」


不意に掛けられた声にビクリと反応する。振り向くと、両手に提出瓶を抱えるスネイプ教授がこちらを睨みつけていた。


「想像以上に減っていたもので。すぐ終わらせます」


無意識に止まっていた手に再び力を入れる。私も予言のことは一旦奥底へ仕舞っておこう。ポッターが予言に囚われていたように、私もまた執着しすぎているようだ。


「嘆かわしい事件の後に休暇とは。浮かれて仕事も手につかないらしい」

「楽しい休暇ではありません。致し方なく行くのです」

「土産話を期待できないとは、残念ですな」


ジリジリと焼けるような視線を背に浴びながらペンを走らせる。今の彼と目を合わせるのは得策ではないだろう。だが、何か引っ掛かるようなことでもしてしまったろうか。彼の抱えた瓶の上に不足材料リストを被せ、ようやく向き直る。


「では失礼いたします、スネイプ教授」


一礼をし、努めて堂々とした振る舞いで扉を出た。後を追うものはなく、玄関ホールへ辿り着いたとき、ようやく息をつけた。

ダンブルドア校長を除いて最も聡いのはスネイプ教授だろう。だが彼には知られるわけにはいかない。《本》のダンブルドア校長も言っていた。長時間例のあの人の腕にぶら下がっている籠には秘密を入れておきたくはない、と。

私も同感だ。不吉な《本》の予言が実現してしまうかは分からない。だが念には念を。これはスネイプ教授の信用の問題ではない。彼の意に反して口を割らせる術などいくらでもある。

これから例のあの人のお膝元で行動せざるを得ない日々が始まったとして、いつ何時それが起こるか。況してや私の存在が、情報が、影響しないとも限らない。


慎重に行動しなくては。すべては明るい未来のために。







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