4月も終わりに近づいた頃。
一人、また一人と生徒が行方不明になる事件が相次いだ。初めはネビル・ロングボトム、次にシェーマス・フィネガン。レジスタンスの中心から消えていく。理由を知らない者はカロー兄妹やスネイプのせいだと噂した。
厳重な牢獄と化したこのホグワーツから、一体生徒はどこへ消えたのか。連続失踪事件に教職員はみな一様に頭を抱えていた。
リリー以外は。
「『必要の部屋』です」
夜遅くの報告会。いつもの校長室に二人きり。肖像画を除くのならば、だが。リリーは8ヶ月続いたこの会合を、今回で最後にするつもりでやって来ていた。
「去年はドラコ・マルフォイが死喰い人を引き入れ、一昨年にはダンブルドア軍団の会合が行われていたその場所に、どうやら生徒たちは隠れているようです」
リリーのもたらした情報にスネイプは別段驚くこともなく、然もありなんと頷く。
「生徒はあの部屋の使い方を熟知しています」
「しかし永遠に引き込もることは不可能だ。あの部屋が衣、住を提供し敵の侵入を防げたとしても、食までは用意できまい」
「ガンプの元素変容の法則、ですか?」
「さよう」
存在感のある背凭れを無視してスネイプが顎に手をやり考量に身を委ね始めた。彼が座位のため上から見下ろすような姿勢のリリーが深く息を吸い込む。
「その確認も含め、私も『必要の部屋』へ入りたいと思っています」
考えを述べたにすぎない言い回し。しかし彼女の纏うすべてが揺らぐ隙のない意志をスネイプに伝えた。
「一時的な話か?それとも生徒の気が済むまで共にいるとでも言うつもりか?」
「細かなことはロングボトムと話せてからになりますが、後者です」
スネイプはおもむろに身体を起こし、頼り甲斐のある背凭れへ身を寄せた。ギシリと体重を受ける軋みが部屋に広がる。
「職員までもが姿を消すことになるとは、私の仕事はこれだけでは済まされん」
事務机の脇に積まれた書類の束をトントンと人指し指で小突き、スネイプはため息をついた。しかし異は唱えない。リリーは自身の我が儘を承諾した男へにこりと感謝の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
「革命者気取りの問題児の鎮静化と引き換えだ」
「もちろんです。それで、ご相談なのですが……」
スネイプが片眉を上げ続きを促した。
「『各々の任務を遂行するため、お互いをも利用する』そのお言葉をまだ頼れるのなら――」
「カローたちへは上手く伝えておく。君のこなしていた仕事の押し付け先も考えねばならん」
先を読んだスネイプがそう言うと、リリーはホッと気を緩めた。
「姿を隠すことはマクゴナガル教授にだけ伝えておきます。明日にでも」
「分かった」
「今回は借り、ということにしてください。必ず返しに戻ります。心はずっと、セブルスのおそばに」
「精々餓死せぬよう努めることだな」
フンと鼻を鳴らし馬鹿馬鹿しいと書類へ手を伸ばす彼の瞳に、リリーは確かに憂苦を見た。それに気づいてしまうと、不機嫌に寄るいつもの眉間が愁眉に思えてしまう。
離れたくない
心だけでなくこの身体ごとそばにいたい
愛に走ると決めたのに、最後の最後で私は生徒の元へ行く決断をした。それは戦いに身を投じる少しでも多くを救いたいからで、それが他ならぬ最愛の人の決意でもあるから。
次に顔を合わせるのは、真にホグワーツを去るとき。
翌日、リリーは城内から忽然と消えた。
僅かな荷物の中には可能な限りの薬や大切なフェリックス・フェリシス。スラグホーンの煎じた分は早々にグリンゴッツへ預けられてしまっていた。《本》は持って来ていない。今もまだひっそりと校長室に置いてある。リリーの部屋に居ついたフォークスも、今回はついて来なかった。
カロー兄妹に敵対するリリーを「必要の部屋」はすんなりと受け入れた。突然現れた彼女に生徒たちは驚いたものの部屋へ入れたことが何より信用に値するらしく、誰も新たな仲間を咎めなかった。
「僕、エバンズ先生も誘いたいと思ってたんです」
「必要の部屋」についての説明や食料問題に対する回答を得て、リリーが治癒呪文と持ち込んだ薬でロングボトムの傷を手当てしていると、彼がポツリと話し始めた。
「アミカスにしつこくされてるところを何度か見ました。でもなかなか機会が作れなくて」
マクゴナガル教授だけに留まらず、生徒にまで心配されていたとは。セブルスが上手く対応してくれてからは大分と改善されたがそれまでは厄介の塊だった。
「心配してくれてありがとう」
ロングボトムは当然のことだと笑って、腫れの引いた自身の顔を触る。その腕にも傷はたくさん残されたまま。しかしリリーが治療しようとすると彼は「名誉の負傷だから」とそれ以上の治癒を拒んだ。
「私はただここに隠れに来た訳じゃないんだ、ロングボトム。ここのリーダーである君に提案がある」
リーダーである重圧を突き付けても、目の前の青年が怯むことはなかった。しっかりと逸らさず私の顔を見て、次に来る言葉を待っている。そこに初めて彼と会った日の気弱な少年の姿はなかった。
「闇の魔術に対する防衛術をみんなで学ばない?かつてのダンブルドア軍団のように」
言い終える前から輝き出した彼の瞳は、言い終えると同時に強く凛々しいものへと変わった。
「拒否する理由なんてどこにも!僕も何かしなきゃって考えてました。イースター前にはジニーと計画も練ってたんです」
「ならそこに一枚噛ませて貰おうかな」
リリーが微笑むと、ロングボトムは傷痕の残る顔をそれ以上にくしゃりと寄せて笑った。随分と成長してはいるがその笑顔には自信を持てなかった頃の優しい彼の面影がある。尤も、優しさはこの先もずっと彼の中で育まれていくことだろう。
「みんな、聞いて!」
ロングボトムの声で部屋中に散らばり思い思いに過ごす生徒たちが顔を上げた。本を読んだり、杖の手入れをしたり。グリフィンドールの男子生徒ばかりでロングボトムを入れてもまだ五人しかいない。部屋は地下牢教室ほどもなく、まだまだ小規模だ。
「ハリーたちは守られた部屋でぐうたらなんてしちゃいない。必ずホグワーツへ戻ってくる。その時に僕たちが腑抜けていたら、何のためのダンブルドア軍団だったのか分からない。僕たちはここで、ダンブルドア軍団を本格始動させる!」
ロングボトムが大演説を終え、上がった息を整える。静まり返る場にかつての気弱さが顔を出し、彼は「どうかな?」と付け足した。
直後、
「いいぞ、ネビル!」
「ダンブルドア軍団、万歳!」
口々に喝采が上がり、彼やダンブルドア軍団を褒め称える。囃し立てる指笛や背を叩く強さにロングボトムが頬を掻いていた。
彼らがこれからを無事に過ごせるよう、私は全力を尽くそう。フェリックス・フェリシスだけを頼ることのないように、できる限りの力を彼らに。リーマスやシリウスから学んだすべてを、セブルスが伝えたかったすべてを。
「エバンズ先生!」
少し離れて生徒たちを見守っていたリリーに、ロングボトムが声をかけた。彼の隣ではフィネガンが手招きしている。リリーは誘われるまま彼らの元へ歩いた。
手の届く距離になって、五対の未来ある瞳がじっとリリーを見つめる。
「ダンブルドア軍団へようこそ!」
あぁ、彼らが望む未来へ歩めますように。
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