150 2月


2月に入って少し経つと、またアミカスが不穏なしつこさを見せ始めた。クリスマス休暇を堪能してから1ヶ月、のびのびと過ごした日々が恋しいらしい。鬱憤を晴らすように生徒への罰則も厳しさを増し、一度記憶を書き換えて欲求不満を解消させられないものかと考え始めていた。


そんなある日。

空き教室でこっそりと行っていた勉強会からの帰り道だった。寮へ戻る恐らく最後の生徒とすれ違い、リリーは自室へと繋がる廊下を歩いていた。突き当たりの角を左へ。自室の扉が見えたとき、歓迎できない訪問者の姿にピタリと足が止まる。動きを止めたのは相手も同じ。松明に照され浮かび上がる歪んだ顔を更に不吉に歪め、アミカスが笑った。

ジリ、とリリーが右足を後ろへ引く。アミカスが杖を抜き閃光を放った。彼女は身を反らしてそれを躱すと元来た道を駆け戻る。指輪はもう助けてはくれない。

廊下の角を盾にして、リリーは杖を抜き息を整えた。閃光が壁に当たり崩れる音が止むと、今度はアミカスの足音が廊下に響く。ゆっくりと近づいて来る音にリリーが話しかけた。


「用があるなら手より先に口を動かしていただかないと困ります。乱暴すぎてこれでは誰でも逃げますよ」

「でもお前は逃げない。フリだろうと本心だろうと、これ以上の被害は増やしたくないはずだ。優しいエバンズ先生?」

「何が望みですか?」


コツリ、と足音が止まった。角を挟んでお互いの動きを探り合う。


「楽しいことだ」


言葉の終わりを合図に二人が同時に飛び出した。リリーは杖先が柔らかな肉に押し返される抵抗と額に抉るような痛みを感じる。彼女の杖先はアミカスの顎下を捉え、彼は肘を高く上げて杖先を彼女の額へ押し当てていた。


「俺に杖を向けたな?」

「自衛は当然の権利です」


無言の睨み合いは第三者が駆けつけるまで続いた。

カツカツ、とリリーに近い側の廊下から早足が近づいて、止むと共に今度は驚愕に悲鳴を混ぜたような声が轟く。


「リリー、何をしているのです?まぁ、カロー先生!二人とも廊下で何事ですか!杖を下ろしなさい!」

「マクゴナガル教授!」


素早く視線を走らせマクゴナガルがリリーの腕を引く。そのまま自身の背後へと彼女を隠し、悪者は論じるまでもないとアミカスを威圧した。


「お前に用はない」

「カロー先生、これまではリリーに免じて口を挟みませんでしたが、これ以上彼女を煩わせるようなら黙っているわけにはいきません」


リリーがマクゴナガルに代わっただけで睨み合いは続いたまま。どうにかしなければとリリーが息を吸い込むと、それを察したマクゴナガルが視線をアミカスから離さずに首を僅かに後ろへ動かした。


「リリー、私の部屋で待っていていただけますか?ちょうど手伝っていただきたいことがあります」


私をこの場から遠ざけるための嘘。分かってはいたがここでマクゴナガル教授と揉めても利点はない。


「……はい、教授」


心配や迷惑をかけることに心を砕きつつ、口汚く罵り始めたアミカスに背を向けた。

ポッターならマクゴナガル教授を置いていくなんてことはしないのだろう。エバンズだって、利点よりも正義を盾にアミカスと向かい合うはず。

しかし、私は――。


駆け出す直前の足取りで廊下を進む。

またマクゴナガル教授に助けてもらってしまった。彼女に敵う日などきっとこない。私も彼女のために何かできればいいのに、返せるものが何もない。

軽くため息をついて階段の手すりに触れた。


「エバンズ?」


下の階から届いた低く心地の好い声に自然と顔が綻んだ。動き始めた階段に慌てて飛び移り、セブルスの元へと駆け下りる。彼は人の気配を探りながらも去ろうとはしなかった。


「こんな時間からどこへ行くつもりだ?」

「あー……マクゴナガル教授の部屋へ」

「待て」


言い澱み横を抜けようとするリリーの腕をスネイプが引き止める。薄い唇がピクリと動き何か言いかけたとき、その視線が彼女からその後方へと移された。言葉を紡ぐはずの口から洩れたのは舌打ち。


「あなたもですか、セブルス!」

「何のことだ」


少し前にリリーのいた場所に立ち、階段の気紛れで行き止まりとなった廊下からマクゴナガルが身を乗り出す。既に解放されているリリーの腕を一瞥し、彼女はトラ猫へと姿を変えた。そして柔軟な獣の身軽さで高所へ臆する様子を微塵も感じさせず気紛れな階段を飛び移る。リリーたちのいる階段の十段ほど上で落ち着くと姿を戻した。


「躾のなっていない野蛮な男を引き入れるからリリーが危険な目に遭うのです!」


キッと眉尻を上げ、マクゴナガルがリリーのそばに立った。


「我輩には関係のないことだ」

「あなたが我々と馴染む気がなくとも、リリーを気遣うその目にだけは嘘がないと、そう信じていました!」


憤怒に悔しさを混ぜてマクゴナガルが嘆く。肩に乗る彼女の手に制されリリーは口を挟めずにいた。松明を取り込んで尚暗いスネイプの瞳が感情のない無を映す。


「行きますよ、リリー」


マクゴナガルが二度リリーの肩を叩き、自室への道を歩き始めた。


「我輩はエバンズに用がある」


マクゴナガルに続こうと足を出したまま、リリーがピタリと止まる。スネイプはリリーの反応には興味を示さず、マクゴナガルの眉間にシワが寄りきる前に言葉を続けた。


「ここにいるからには我輩に従っていただく。それが気に食わなければ、ミネルバ。辞表はいつでも受け取ろう」


生徒のため、マクゴナガル教授が出ていくはずがない。それはセブルスも分かっているだろう。悪者ぶって生徒を盾にするような台詞、言ってほしくはないのに。


「マクゴナガル教授、私は大丈夫ですから」


間に立たされながらも発言を控えていたリリーの言葉に、マクゴナガルは何が大丈夫なものかとピクピク動く眉と歪められた口元で語る。しかしリリーは彼女を笑顔によって制し、謝罪と感謝を付け加えた。そして機嫌を治した階段を上り始めるスネイプのあとを追う。


校長室へ入ったのはグリフィンドールの剣を確認して以来だった。相変わらず歴代校長の肖像画は壁で仲良く居眠り。少々乱暴に扉が開けられても知らんぷりだ。


「何故黙っていた?」


どすの利いた重い声。リリーは何を指してのことか分からず遠慮がちに首を傾げた。その動作にスネイプの身体に力が入る。


「アミカスのことだ!何かあったのなら何故一言私に言わない!」


スネイプが背後に従えた事務机をドンと殴り付けた。リリーはそのことか、と唇を笑みに歪める。


「言ってどうなるんです?」


リリーから返ってきたのは嫌みでも謝罪でもない、純粋な疑問。だからこそ、スネイプは凍りついた。握りしめた拳をそのまま下ろし、身体に沿わせるようにぶら下げる。


「私の抱える問題にあなたが動くのは『らしくない』。けれど私の想うあなたは、そのことに心を砕いてくださる」


「今のように」と付け足して、リリーは幸福が目の前に転がり込んできたように微笑んだ。


「そのお気持ち以上は望みません」


暗に「何もしてくれるな」と言われ、やりどころのないスネイプの焦燥が全身から滲み出る。柔らかに細める彼女の瞳に強い意思を読み取り、視線をさ迷わせた。キラリと部屋の照明が彼女の左手に反射する。


「ならば呼び出しに応じなかったのは何故だ?」


スネイプの視線は彼女の左薬指へと落ちていた。そこには修復され再び彼女の指へと収まった黒曜の指輪がある。外見は元通りでも魔法道具としての役目は失われた指輪。

刹那、リリーの表情が翳った。スネイプはハッと息を呑み、彼女の左手を眼前に引き上げる。


「使ったな?」


問いの形をとってはいたが、彼の声には確信が見えた。親指で押さえ付けるように指輪を撫で、リリーの手を離す。重力に反抗しながら、まるで下げきらない内は返答を拒めるかのように、ゆっくりと彼女の手が下がっていった。


「アミカスか」


リリーが答えずともスネイプは言い当てた。元より選択肢は二つしかない。兄か、妹かだ。苦笑で肯定を示す彼女にスネイプの冷笑が突き刺さる。


「君は私を見くびっている」

「そんなことは!」


「ありません」と続けるつもりが、彼の顔に浮かぶ自信に言葉が霧散した。


「『らしくない』ものを『らしい』ようにするくらい、私には容易い」


ニヤリ、と見惚れる彼の笑みはスリザリンそのもの。恐怖にたじろぐどころか胸を甘酸っぱい青春が満たしていく。


「君はアミカスの相手役としてここへ留まったわけではあるまい。我々は各々の任務を遂行するため、お互いをも利用する。これは貸しにしておいてやろう」


高い鉤鼻を更に高く掲げるようにスネイプが胸を張った。しかし今度はリリーがニヤリと笑い、彼の眉間は瞬時に深い渓谷を築く。


「バレンタインのプレゼントとしてなら、受け取りましょう。花やカードよりはよっぽど役に立ちます」


リリーは感謝を丸めて箱に押し込むような声で「ありがとうございます」と述べた。唖然と見つめていたスネイプはうっすらと開いたままの口から長い息を吐く。


「全く……その鼻っ柱をいつかへし折ってやるぞ」


スネイプは渋い顔で追い払う動作をしながら事務机を回り込む。大きな背凭れの椅子に座って尚帰る様子のないリリーに顔をしかめた。


「感謝します、セブルス」


彼女は人々に救いをもたらす宗教画のような微笑みでそこにいた。

これだから困るのだ。

スネイプはまた吐きそうになったため息をゴクリと呑み込む。そして額に手を当てながら、空いた手で再度退出を促した。

リリーが就寝の挨拶を残してパタリと部屋を出る音を聞く。

スネイプは額を支えていた手をずらし、口を覆う。自分が今どのような表情をしているのか、考えたくもなかった。







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