149 12月


ハロウィンもクリスマスもないものだと思っていた。完璧に管理された学校では娯楽も不要だと。

しかしハロウィンには巨大なカボチャのランタンを作ったし、クリスマス休暇前にはモミの木を飾り廊下はモールが張り廻らされた。そのどれもはハグリッドやフリットウィック教授、もちろん私も含め、少しでも学校生活を豊かにしたいと考える教職員が始めたこと。

しかしセブルスは止めようとしなかった。

思えば、ホグズミード日だって残されている。

外出の翌日は城中の悪戯が爆発的に増える。城に持ち込むものは監視されているが、ホグズミードへ行くことで生徒自身の気力が回復するのだ。集会や特定の生徒のホグズミード行きを禁じたところで焼け石に水。必然的にセブルスの仕事は増えてしまうのに、何故禁止にしてしまわないのかと聞いたことがある。


『抑圧し過ぎると反発が強まるばかりで利点がない。適度なガス抜きは統制を容易にする』


確かにグリフィンドールの剣の一件以降、ダンブルドア軍団募集の張り紙や罰則生徒の脱走幇助など些細なものばかりが続いている。首謀者三人には明確な目的があるわけではないことも私が聞き出した。今のところは不屈のレジスタンス精神で他の生徒を鼓舞しているにすぎない。なるべく大人しくしているようにと説得はしてみたが、じっとしていられる子達ではないだろう。




冬休みはすべての生徒が帰されることとなった。元より今のホグワーツに残りたい生徒がいたかどうか。たとえ家がなくとも帰らなければならないし、たとえ家に帰れれぬ生徒がいると《知って》いても、私はすべての生徒をホグワーツ特急へ乗せた。

教職員も城を離れ、クリスマスに旧友と生ある喜びを分かつため散り散りとなる。生徒のいないホグワーツに用はない、とカロー兄妹も外へ獲物を探しに行った。マクゴナガルやハグリッドは騎士団の活動に忙しく、しかしリリーは城に残っていた。




「闇の帝王に何と言って『印』を免れたか、忘れたわけではあるまいな?昨日マルフォイの屋敷で出迎えた際はルシウスが餌食となった」


5年間地下で繰り返した寂れた世間話も、すっかり校長室が定番となった。いつもは様々な機器の入った棚や本に囲まれた事務机だけの空間に、今日はささやかながら正方形のダイニングテーブルが設置されている。リリーの杖に従って、テーブルクロスやグラス、ナイフにフォークが自分の居場所へとステップを踏む。


「例のあの人はまだ屋敷に?」

「いや、またすぐに出立された」


リリーは緩みそうな頬を手元に集中することで引き締める。神秘部での失策以降、ルシウスの立場は地へと落ちた。しかしスネイプが昨日見た光景には別の理由があるに違いない、とリリーは思い当たる。

ゴドリックの谷、バチルダ・バグショット邸。

そこでヴォルデモートはポッターをほんの数センチ先で取り逃がしたに違いないと。捕まれば大々的に報じられるはず。少なくともセブルスは知ることになっただろう。それがなかったならば彼らは無事に違いない。そう確信していたからこそ、浮かれた今日がある。


「心配してくださるのは舞い上がるほど嬉しいですが、自分のことくらいは考えていますよ」


スネイプの口角がキュッと真横へ引き伸ばされる。


「それよりも、今日はクリスマスなんですから」


リリーが絢爛に飾られた椅子を引いて促せば、スネイプは抗う気も失せると身を寄せた。ガタリと椅子が彼の膝裏を直撃する。無理矢理に座らされ、そのまま何事もなかったかのようにテーブルへ向き直る椅子に咄嗟にしがみついた。


「……エバンズ」


スネイプはこめかみをヒクヒクと波立たせ、小言のすべてを元凶の名に込める。死喰い人すら射竦める渾身の闇色をもって睨み付けるが、犯人は自らも向かいの席に座りながら肩を竦めて笑うだけ。


「明日帰省する予定なので、ディナーくらいは付き合ってください。私の家を訪ねて来れるのは、あなたとリーマスとドラコ・マルフォイだけなんです」


言外に寂しいのだと匂わせて、リリーは「たぶん」と付け加えて話を締め括った。「忠誠の術」で守られているというのに何故そんなにも不確かなのか。スネイプは問い質そうと息を吸い込み、唇に寄せられた彼女の杖に言葉を呑み込む。


「無闇に吹聴する人間でないとは言え、リーマスも『守人』を受け継いでいますから」


にっこりと完璧な笑顔を作り出し、リリーはこれ以上この話題を掘る気はないと蓋をする。従う義理はないものの、クリスマスソングを口ずさみ始めた彼女に呆れてものが言えないことにして、スネイプは眉間のシワを揉み解した。

リリーがワインへ杖を向けたタイミングでスネイプが指を鳴らす。コルクが軽快な音と共に宙へと投げ出され、彼女の手へと落ちた。


「ありがとうございます」


スネイプは冷笑だけを返し、彼女の唇よりも深く熟れた色がグラスへと注がれるのを眺めた。グラスを掲げたリリーに催促され、彼も誘うように視界で揺れるグラスを掴む。


「メリークリスマス」

「……クリスマスに」


軽く互いへグラスを傾けて、コクリと一口喉へくぐらせる。乾杯を合図にしてほくほくと豊かな香りを誇らせる大皿料理が現れた。七面鳥のローストに豆のスープ、シェパーズパイやクリスマスプディングなど、二人分には多すぎる料理がテーブル一杯に並んでいる。


「こんなにか」

「今朝挨拶に来てくれたドビーが楽しみにしててくれと言ってました」


全身を引くように背筋を伸ばしてしかめ面をしたスネイプに、リリーがクスクスと笑いスプーンを手に取る。


「ドビーを雇用し続けるとは、何か計画でもおありですか?給料を要求する屋敷しもべ妖精なんて、今のホグワーツには相応しくないでしょう」

「私は多くをそのまま引き継いだだけだ。些細なものに気づけるほど暇ではない」


多くの魔法使いとは違い、セブルスがドビーを虐げることはなかった。私が柔和な対応を頼んでからもう何年もそうだ。率直な心の内を語るなら、嬉しい。でも今後起こる《本》の予言を考えるなら、ドビーはここにいてはいけない。

いずれ機を見て行動しなくては。そう考えながらセブルスを窺えば、彼はナイフ片手に七面鳥を睨み付けたまま。一向に動く様子のない彼を見て、スプーンを杖へと替えた。普段見られない類いの彼に弛みそうな頬を引き締めて、波打つように振る。ブルリと彼の手ごと震えたナイフが飛び出し、迷いなく七面鳥へと切り込んでいった。


「ルーナ・ラブグッドのその後はいかがでした?」


拐われたことはホグワーツ特急の車掌から報告があった。ロングボトムらが抵抗したとも聞いているが敵わず。楽しいクリスマス・ディナーに相応しい話題ではないが、開始前から暗雲は隣人の顔をして待機したまま。恐怖に怯え続ける人々が脳裏を過っても、二人はいつも通りに食事を続けた。


「オリバンダーと共にいる。グリフィンドールのような馬鹿げた勇敢さに酔いしれなければ問題ない。あとは父親次第だな」


七面鳥に立ち向かう無駄のないナイフ捌きに見惚れることもなく、スネイプはくし切りトマトへフォークを突き立てる。


「『ザ・クィブラー』ですね。先月号でもポッター擁護を貫いて――」

「待て、読んでいるのか?」

「もちろんです。カローたちの目を盗んでふくろう便の検閲を躱すくらい、私の立場なら出来ますよ。セブルスも読みますか?」

「必要ない」


リリーの申し出をピシャリとはね除けて、スネイプが切り分けられたローストを一つ選び取る。ワインを空にした彼のグラスは二杯目をギリーウォーターへと変えていた。


「読んだと言えば、『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』はどうされました?」

「それも同じだ。興味のないものに割く時間はない。第一、リータ・スキーターがまともなものを書くとは思えん」

「休暇中に読んでくる生徒は多そうです」

「生徒の抵抗運動が煽られなければそれでいい。君は?」


厄介事に歯を剥くようにスネイプが七面鳥へかぶりつく。彼の目は現在へと向けられていた。既に囚われている過去へ身を浸し、それでも漆黒が逸らされることはない。


「私も読む気はありません」


自分の振るった終わりに正当性を求めてしまいそうで恐かった。天文台塔で半月眼鏡越しのブルーと対峙したときに満ち溢れてきた憎しみが恐ろしい。あの獰猛な生き物を内に飼う一方で、ダンブルドアの暗い過去にすがり安堵を抱きたい弱い心がある。

いくつもの側面を見せる自分が内側から膨張していつか破裂してしまうのではないか。そんな憂慮を麻痺させるため、ワインを一人で呑み進める。

途中、たしなめる声と呆れたため息が聞こえた。それでもクリスマスを盾に微笑んで、二人きりのクリスマス・ディナーを記憶に刻んだ。






翌日、太陽よりも数時間遅れて目が覚めた。セブルスの分もとお酒を呑んだがしっかりと記憶は残っているし私室へも自力で帰って来れた。少し酔いの名残はあるもののいつも通りを振る舞える。姿くらましだって問題ない。

しかし一人きりの家へ帰省する前に、見ておきたいものがある。

浮腫んだ顔にしかめ面をして、すぐにどうこうする必要はないと諦めた。手早く身支度を済ませると、フォークスへ食事を用意する。そして自分は食事も摂らずに無人の城内へ。

目的地は一つ、校長室。

昨日も言った合言葉で今日もガーゴイルは道を譲る。半ば駆け上がった螺旋階段の先には新たに鍵が設置されていた。しかし開け方さえ知っていれば手間が増えただけのただの扉だ。

リリーは杖を取り出してから、結果は分かりながらも扉を叩いた。ドアノッカーの音が内へ響くが反応はない。彼女が杖先を丸く振ると、カチャリと開錠音が聞こえた。

いつ寝ているのかも分からないほど、スネイプは常に事務室にいた。その殆んどが事務机で書類と睨み合い。しかし今日はその定位置に姿はなかった。

リリーは大股で事務机を回り込み、ダンブルドアの肖像画の前に立つ。


「失礼します」


寝たふりを続ける彼に一言断って、リリーは額縁へ手を掛けた。軋むこともなく働く蝶番はまだ取り付けられて新しい。肖像画の裏にはポッカリと空洞が作られていた。肩まで腕を入れても最奥には届かない深い空間に納められていたのは台座のみ。そこに保管されていたであろう台座に相応しい何かは持ち去られていた。


「ディーンの森ですか?いつ?」


肖像画の扉を閉めながらリリーが言った。情報を持ち帰ったフィニアス・ナイジェラスは寝たふりを続けたが、元の位置に戻されたダンブルドアはにっこりと微笑み彼女を見つめる。


「天文学は占いよりも遥かに役立つ。ちと計算に手間取る者もおるが、体感よりも正確じゃ。影の位置から計算するに……3時間ほど前といったところかの」

「グリフィンドールの剣は確実に届けられ、ポッターたちは上手く使います。ご安心ください」

「何も心配はしておらんよ。上手くことが運ぶよう、わしは策を練り可能な限りの準備をした」

「余計なことを言ったようですね」


リリーは淡く微笑み事務机の裏から出ると、そのまま扉へ向かう。


「ハリーは来るべき日へ向けて歩んでいる最中じゃ。尤も、彼自身はまだ知らぬこと。しかしきみは知っておる。ハリーの運命も、自分の行く末も。そうじゃな?」


引き止めるように話すダンブルドアに、リリーは扉へ掛けた手を下ろす。振り返ると彼に肯定を返した。


「ハリーは避けられぬ。そして今はきみも」

「やはりあなたは偉大な方です。ご存知だったのでしょう?あなたの最期の望みを叶えた人間の末路を」

「可能性の一つとしては、そうじゃ。しかしきみが役目を肩代わりしたと聞いて確信した」

「ダンブルドア、私は自分でこのホグワーツを選びました。ここへ戻った日も、今も。私は逃げません」


たとえヴォルデモートと対峙することになろうとも。選んだ役目を全うし、未来へ繋げる。

ブルーの絵具で彩られた彼の目が、憂いを帯びた気がした。


「彼はまた、失うことになる」

「私はエバンズではありませんよ」


ふっと自嘲を溢し、リリーは校長室を後にした。







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