147 9月


新学期が始まってすぐにポッターは魔法省へ乗り込んだ。スリザリンのロケットを手に入れるために。

騒動があったことは多くの職員が知っているはずだが、日刊予言者新聞がそれを報道することはなかった。報道を牛耳る人間はそれが公になるのは不適切だと判断したらしい。その事実を伝えたのはポッター支持者による秘密のラジオ「ポッターウォッチ」だけ。

ただ一面から遠く離れた紙面に、逃げ出したマグル生まれたちへの指名手配とダーク・クレスウェル逃亡の記事が載せられているのをリリーは発見した。毎日反ポッターを語る新聞の虫酸が走る記事を隅から隅まで熟読し、《本》の予言の欠片を拾い集めることが、新たなリリーの日課として加わった。


変身術、呪文学、魔法生物飼育学などのお馴染みの教科は新たな体制の元でも何とかやっていた。生徒も心なしか安心した表情で授業を受けていると思う。

しかしマグル学と闇の魔術に対する防衛術は最悪だった。カロー兄妹に支配された授業は目を背けたくなるほど。まともな神経を持つ教職員すべてが顔をしかめたが、ホグワーツを追い出されては元も子もない。面と向かって異議は唱えられなかった。それでも全員が水面下で生徒たちに手を差し伸べている。

リリーも上手くやっていた。スネイプにも忠告されたアミカスを何度も躱せていたし、極悪な罰則からこっそり生徒を救い出したこともあった。




そんなある日、休暇中に起きたたった一度以降初めて指輪がメッセージを持ってきた。


『来い』


一単語だけの指示。いつ、どこへとも書かれていないなら、今すぐ校長室へが正解なのだろう。外は陽が沈み、城中が寝始めた時間。今日の見回り当番はマクゴナガル教授とスラグホーン教授のはずだ。カロー兄妹も厄介ではあるが、こんな時間に校長室へ向かうのなら、馴染みの顔にも出会いたくない。

リリーは慎重に私室を抜け出した。


「純血主義」


校長室を守るガーゴイルへの合言葉は寝返った彼「らしい」ものが選ばれていた。部屋へ戻る度にそれを唱えるセブルスを想像して、切なさに胸が痛む。当の本人はただの合言葉だと一笑に付せてしまうのだろう。この合言葉を「ダンブルドア」へ変える日を思うと息が苦しくなってしまう。

螺旋階段が競り上がり、磨き上げられた樫の扉についた真鍮のドアノッカーを打ち付ける。ややあって扉が開いた。


「お呼びでしょうか」


部屋の主は事務机に片肘を付き、机上に寝かせられた厄介事の源を忌々しいと睨み付けていた。使い道の分からない銀製の機器は棚に追いやられ、代わりに書類の束や古めかしい分厚い本が並んでいる。一際目を引くのは銀の剣だ。柄には大きなルビーが埋め込まれ、リリーが三歩机へ近付くと鍔のすぐ下に刻まれた『ゴドリック・グリフィンドール』の名が見えた。


「聞き及んでいるだろうが、本日ここへ侵入者があった」

「ジネブラ・ウィーズリー、ネビル・ロングボトム、ルーナ・ラブグッドですね」

「さよう。余計なことをしてくれたお陰でこれをグリンゴッツへ預けねばならん」

「グリフィンドールの剣をこんなに近くで見たのは初めてです」


目の前にあるものが本物か既に入れ替えられているのかリリーには判別できないが、剣からは不思議な魅力が漂っているように思えた。


「それで私は何を?」

「問題は彼女らの罰則だ」


頭の痛い話だ、とスネイプが薄い唇を歪める。


「カローたちにはこちらで対処すると言ってある。ハグリッドと共に禁じられた森へ行かせることにした」

「ハグリッドに任せるとは、お優しい罰則ですね」


リリーは淡く微笑んでいたがスネイプは冷笑しただけだった。


「未だ殺気立つケンタウルスに把握しきれないほど繁殖したアクロマンチュラ、野生のトロールやハグリッドの放った三頭犬に合成新種が徘徊する森が優しいとは。どれ程の危機に直面し続ければそうなれる?」

「なるほど、そう言って罰則担当の二人を納得させたわけですね」

「黙れ。この罰則には君にも参加してもらう」

「上級生三人の罰則に護衛二人ですか?」

「勘違いするな。君の役目は護衛ではなく、彼らが何の目的でグリフィンドールの剣を狙ったのかを聞き出すことだ」

「それは……骨が折れそうですね」

「罰則は明日17時から行う」


リリーの表情が曇ったことでスネイプは満足げに鼻を鳴らした。そしてこれは蛇足にすぎないという雰囲気を作りながら、豪勢な背凭れにふんぞり返る。


「ポッターらの行方について騎士団では何か分かっているのか?」


リリーは緩く首を横に振った。


「いいえ、何も。グリモールド・プレイスという拠点を失ってからは各地を転々としていると考えるべきでしょう。アーサーがテントをグレンジャーへ譲ったそうです」

「魔法省へ現れた理由は?」

「それも分かりません。結果としてマグル生まれを逃がしていますが、そのためにリスクを犯したとは思えないと」

「そうか」


スネイプは剣へ視線を落とし、考え込むような姿勢をとった。一方リリーは目線を上げて壁に並ぶ肖像画を仰ぐ。そのどれもがソファに腰掛け居眠りに興じていた。


「君は心配していないようだな」


そう言われスネイプへ視線を戻すと、彼はリリーをじっとりと粘着質に眺め、その機敏すべてから意を汲もうとしていた。


「私とあなたの元には情勢の両極から情報が舞い込みます。何かあったなら必ず分かる。これほど安心できる環境はありませんよ」

「何かある前に対処したいものだ」


吐き捨てるように言って、スネイプはリリーを追い出すように手を振った。


「セブルスもお仕事はほどほどにして、ゆっくりお休みになってください」

「出来ることならそうしている」

「私に何か手伝えることは――」

「明日、17時、禁じられた森」


一語一語噛み締めるように言われ、リリーは「はい」と返すしかなかった。剣を脇へ退け羽根ペンを手に取るスネイプを少しだけ見つめて、扉へと向かう。取っ手の輪に指を絡めて振り返った。


「おやすみなさい、セブルス」

「……おやすみ」


そう返した彼の目は僅かに細められ、穏やかさを抱いているように思えた。同時に上がった口角は気のせいかと思うほどにささやか。それでもぐっと張り裂けんばかりに膨れた恋心が見間違えではないと告げている。

扉を閉める直前、最後にもう一度だけ見た彼は眉間のシワを復活させて書類へ羽根ペンを滑らせていた。


リーマスも、セブルスも、私を信じてくれている。シリウスだって最期まで私を信じてくれていた。しかし私はどうだろうか?私は彼らを信じていると言えるのだろうか?

私は彼らが思っている以上に彼らを《知っている》知りすぎている。私の彼らへの信頼は、果たして彼らとの関わりの上で成り立っているものなのだろうか。私は彼らに同じだけのものを返せているのだろうか。

シリウスの免罪も、リーマスの狼人間も、セブルスの二重スパイも、私は始めから真実を《知っていた》。知らなければ、彼らとこんな風になれていただろうか。


信頼される価値なんてない。値しない。みんな私に騙されてしまっている。

でも、もう少し、もう少しだけ、

騙し続けることを赦してほしい。

償いはこの身をもって受けるから。


あと少し、あと少しだけ、役目を果たせるまで







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