134 毒薬


リリーは意図せずウィーズリーへの被害を肩代わりした。

翌日には医務室で目を覚まし、悲嘆草のエキスを二杯飲めば、その日のうちに退院出来た。毒はすぐに吐き出した上、スラグホーンの解毒薬が効いたのだ。後遺症もなく休暇中だったこともあり、傍目には何も起きなかったような空気さえ漂う。この件を知るのは一部の教職員だけ。そしてもちろん、ダンブルドアも。






私はクリスマス休暇をフェリックス・フェリシスの調合に費やした。繊細さを必要とする手順ではあったがプリンスの改善に導かれ今のところは上手くいっている。問題はこのあと。幸運を授ける煎じ薬は調合にも幸運が必要だった。

休暇最終日になってスネイプ教授はホグワーツへ戻ってきた。生徒が暖炉を使って寮監の私室から登校するためそれに合わせたのだろう。朝の職員会議には出席していた。




夕食時の大広間は八割ほどが埋まっていた。赤、黄、青、緑、それぞれの寮カラーを纏う生徒が集まり、貰ったクリスマスプレゼントについて語り合う。久々の賑わいにリリーの頬も自然と解れた。ここにいれば不安定な情勢など他人事だと思いたくなってしまう。

名残惜しい気持ちを端へ寄せ、リリーは席を立った。新学期を前に早速スラグホーンから仕事が舞い込んだのだ。明日でも構わないものだが彼女にはすぐに終わらせる当てがあり、自室へと資料を取りに戻ると立ち止まることなく地下へと下りた。


適当な教室へと入ると大鍋や秤を呼び寄せる。底に正体不明の固まりを見つけしかめっ面をした。一先ず水場へ追い払い、次の大鍋を引き寄せる。これも底が薄くなり、今から調合するものを考えれば避けた方が無難な代物だった。

リリーはため息をついた。薬材料ばかり目にかけて、他の備品管理が疎かになっていたのだ。スネイプの時は度重なる罰則により大鍋は程よい綺麗さを保っていた。その際使い古した物も選り分けて、自分は発注書を出すだけで良かった。

後日地下牢教室すべての備品を確認し直すと心に止めて、今は大鍋一つに杖を向けた。


洗われる大鍋の鼻歌を聴きながら、リリーは持ち込んだ資料に目を通す。スラグホーンに依頼されたのは毒薬の作成。六年生へ行う解毒薬の授業に用いるためだ。同様の授業はスネイプの時にもあった。しかし彼がその準備をリリーに任せたことはない。

授業準備としては初めての作業だが、彼女は一度自分好みの毒薬を煎じたことがある。それがこんな形で役立とうとは。

大きく伸びをひとつして、ピカピカの大鍋に水を張った。

資料に変更を書き足しながら、黒板でも「ゴルパロットの第三の法則」に基づく理論を計算する。毒薬を煎じるときは必ず解毒薬もセットで用意しなければならない。特注の混合毒薬であるなら尚更だ。


完成の目処がついた頃、トントンと扉が叩かれた。リリーは大鍋と砂時計の残りを確認してから扉を開ける。


「スネイプ教授……あ、暖炉の件ですか?」


用件にピンと来てリリーが問うと、スネイプが頷く。


「全寮生徒の移動が完了した。君に連絡が行くと分かっていただろう。定位置にいなければ迷惑をかける」

「……申し訳ございません」


生徒の登校が終われば寮監から報告を受け、リリーが魔法省へ煙突飛行ネットワークを閉じる手続き書類を送る予定だった。朝に念を押されたばかりだというのにすっかり失念していた。全身から反省の色を滲ませ項垂れる。


「以後気を付けるように」

「はい」

「ところで――」


報告が終わって尚留まる目の前の気配に顔を上げた。ジロジロと探る彼の目線がふらつくが、不快なものではない。敷居を挟んで会話していた彼がズイと室内へ歩を進め、廊下への音を遮断した。


「ダンブルドアの代わりに毒を飲んだそうだな」

「舐めた程度です。気付くのが遅れてしまいました」


スネイプの視線が火に晒された大鍋へと移り、リリーに戻る。


「仕事か?」

「えぇ、もう何日も前に回復しましたので」

「ネックレスの件もある。油断はするな」

「はい」


リリーは力強く頷いた。

ピーピーと警告音がして、彼女が大鍋へと駆け寄った。便利な機能付きの砂時計に感謝をし、薬の色やとろみを確認していく。満足のいく出来に頬が緩んだ。

後処理に取りかかる前に魔法省へふくろう便を出しておこう。スネイプ教授がまだここにいるのはこれ以上うっかりを重ねないか監視するためかもしれない。そう思って声をかけた。


「あ、毒薬ですので気を付けてください!」


部屋を出る前、最後にそう付け足した。一体誰に言っているのだ、と魔法薬学教授の苛立ちを含んだ視線で刺されてしまう。すぐに黒板へ意識を移した彼を残し、リリーはそそくさと地下から離れた。




リリーがふくろう小屋への長旅を終え地下牢教室に戻ると、部屋の扉が開いていた。

すぐにスネイプ教授が出るだろうと開け放したままではあったが、毒薬があると分かっている部屋の扉を無防備にしたまま出ていく彼ではない。

ならばまだいるのだろうか。

そう思ってこっそり覗くと、彼は私の資料を手に黒板を凝視していた。


「あの、まだ何か?」


スネイプの纏う空気がピリピリとリリーの恐怖を掻き立てる。それでも背に問い掛けながらおずおずと近づいていくと、彼が振り返り杖を振った。

扉がバタンと閉まり、鍵がかかる。


「スネイプ教授?」


嫌な予感は部屋へ入る前からしていた。いよいよその正体が明らかになるのだと、彼のギラついた瞳が物語る。


「これを覚えているか?」


感情を無理矢理押さえ付けた猫撫で声だった。ざわりとリリーの肌が粟立つ。

スネイプが差し出したのは小瓶一つ。去年彼女はその小瓶に手製の毒薬を入れていた。瓶は一度割れ中身は溢れてしまったが、その資料が今彼の手にある。


まさか……


リリーは不可視のドラゴンに心臓をぎゅっと掴まれた。


「我輩は当然この小瓶を調べた。毒の正体が分かれば煎じた人間の目的が分かるからな。中身は零れていたが、僅かに瓶に付着していた液を集め、優秀な我輩は何とかその成分を突き止めることに成功した。言っていなかったか?」


リリーは言葉が喉に貼り付き何も返せなかった。首を振ることすら出来ずにいたが、スネイプは元より返事を求めていなかった。


「その毒はゆっくりと、しかしいずれは死をもたらすものだった。我輩は愚かにも君に伝えないと決めた。命を狙われたと改めて伝えることで君を怯えさせたくはなかった。……だが、すべて意味のないことだった」


スネイプはリリーの作成した資料を薬材料の並ぶテーブルへ置き、その上に小瓶を乗せた。彼の闇色の目や纏う空気、声色すべてがその怒りをありありと伝えている。しかし動作は緩慢で、そのギャップが一層彼女から思考を奪っていった。


「我輩は何もせずただ問えば良かった。これはどういった毒なのかと。仕組んだ人物はずっとそこにいたのだからな。今も!目の前に!」


大きく見開かれた彼の目がリリーに突き立てられる。歯を剥き出し吼えるような声が彼女を揺さぶった。バンッと置いたばかりの紙束にスネイプが手をついて、彼女を同じ高さで睨み付ける。


「何故だ!君は何を企んでいる?あの日ドラコが君を見つけたのも偶然ではないのだろう?これではすぐに死ねない。湖へ飛び込んだときとは違う。何がしたい?」


力の入る彼の手に資料がくしゃりと悲鳴を上げた。コトリと小瓶が倒れる。リリーの心も既に悲鳴を上げていた。顔を伏せ、言うべき言葉も見つからず、浅い呼吸ばかりが繰り返される。


「私は!君を信じてきた。何を抱えているのか未だ知らされていないのに、君の負担が減ればと行動してきたつもりだ。しかしそれを他でもない君自身が踏みにじる!――何とか言ったらどうだ!」


ガシリとスネイプの長い指がリリーの肩に食い込んだ。加減する気のないその手にくっと顔をしかめるが、それ以上に心が痛かった。何か言わなければ。上げた顔は彼の抉るような鋭い眼光に負けまた伏せる。


「……君の意思はよく分かった。勝手にしたまえ。もう関わりたくもない」


肩から手が離れていく。リリーが振り返った時にはもう、スネイプの背はするりと廊下へ消え、扉は閉められてしまった。







Main



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -