133 蜂蜜酒


しんしんと雪の降り続く中、クリスマス休暇が始まった。帰るべき家を持つ生徒の大多数が家族と過ごすことを選んだ。お互いが暗影立ち込める日々を生き延びたことに感謝して、突然の別れに脅えそれでもにこやかに今ある幸せを噛み締める。

リリーはホグワーツに残っていた。「忠誠の術」で隠されているため戻ることに支障はない。しかし守られているからこそ、帰省は一人きりのクリスマスを意味した。

寂しく過ごすくらいなら、ホグワーツに残る方が何倍も良い。それにここには、スネイプ教授がいる。




私の考えは平和そのものであったことに、すぐに気付かされた。

休暇と言えど生徒が残る場合は寮監もホグワーツに留まるのが常。しかし休暇が始まってすぐ、スネイプ教授の姿はホグワーツから消えた。

行き先は一つしかない。

安穏と過ごしているのは私くらいだろう。生徒の家とホグワーツとを煙突飛行ネットワークで繋ぐ書類を作成する以外は差し迫ったものもない。ダンブルドア校長はもちろんのこと、いつもは城に残るマクゴナガル教授やハグリッドも任務に大忙しなようだった。




クリスマスの朝はとても静かに始まった。目を覚ましてすぐ拳大の目玉に見つめられることもなければ、窓をガタガタと揺さぶられることもない。ひらひらと舞い落ちる雪は風に煽られることもなく最短距離で地面へ積もっていった。

身支度を整えて寝室から出ると、テーブルには今年もプレゼントが届いていた。しかしその数はうんと少ない。それに拗ねるだけの子供であれたならどんなに良いだろう。ダンブルドア校長も、リーマスも、それどころではないのだ。

私は数少ないプレゼントを手に取った。グレンジャーとシュティール、そしてドビーからの箱を開け、添えられたメッセージに頬を緩める。


私室に朝食を用意して食べていると、コツコツと窓を叩く音がした。訪問者はリリーのよく知るワシミミズクだった。窓を開けるとその大きな体を滑り込ませ、羽を広げて雪を散らせながら荷物をソファに落とす。褒められて当然だとソファの背に止まり誇らしげに胸を張った。リリーは棚から彼のためにふくろうフーズを取り出し労うと、彼はまた窓から羽ばたいていった。

荷物は薬問屋からだった。夏の終わりに頼んでいた材料がようやく届いた。それはフェリックス・フェリシスの調合に必要な材料で、これでようやく取り掛かれる。こんなに嬉しいクリスマスプレゼントはない。スラグホーン教授に頼んだ分はまだ音沙汰がないが使うのは終盤になってからだ。そこまでなら調合を進められる。

リリーは駆け足で朝食を片付けると本棚からプリンスの書き込みを写した「上級魔法薬」を引き抜く。そして意気揚々と自室の階下へ下りて行った。




昼は大広間で城中の人間が集まりクリスマス・ランチ。と言っても、全員合わせて十人もいない。参加者よりも多いクリスマスツリーが並び天井は柊やヤドリギが散りばめられている。ふわりふわりと暖かく乾いた魔法の雪が静かに床へ着地した。


「リリー?先程から食が進んでいないようですが、具合でも悪いのですか?」


任務から戻っていたマクゴナガルがリリーの顔を覗き込んだ。


「いえ、大丈夫です。ごめんなさい、空気を悪くして」

「ダンブルドア校長先生がおいでになれんのは残念だが楽しまんとな!」


同じく戻ったハグリッドがリリーの背をいつもの強すぎる力で叩く。つんのめって七面鳥を取り分けた皿へ突っ込みそうになったのを耐え、彼女がにこりと笑みを浮かべた。朝からグロウプに会いに行ったのだとこっそりリリーに教えた彼はテーブルで一番楽しそうにしていた。


「ハグリッドはもう少し落ち着いても良いくらいです。リリーだって獣のように七面鳥にかぶり付きたくはないでしょう」


マクゴナガルに窘められ「悪い……」と溢すハグリッドに、リリーはクスクスと笑って「気にしないで」と言った。

毎年恒例の飾った大広間。姿が見えないのはダンブルドア校長だけではない。スネイプ教授だっていない。

去年のようなプレゼントは用意しなかった。クリスマスなんて気分ではないだろうし、何を呑気な、と呆れられるに違いないからだ。


クリスマス・ランチに参加したたった三人の生徒はみんな緊張して、どこか暗い雰囲気を纏っていた。しかしダンブルドアの代わりに盛り上げ役を引き受けたハグリッドがその特徴的な大きな声を震わせ笑いを誘う。和やかな時間は瞬く間に過ぎていった。




生徒が寮へ戻り、うとうとし始めたハグリッドを叩き起こして、リリーも大広間を後にする。玄関ホールから大階段を上がり近道のタペストリーを捲ったとき、上階から下りてくる足音に気づいた。


「あぁ、リリー!入れ違いにならずに済んだ」

「スラグホーン教授、何かご用ですか?」

「先程例の水草の件で返事が来た。まぁ立ち話もなんだし、私の部屋へ行こう」


例の水草。それはフェリックス・フェリシスを調合するにあたり最も入手困難な材料。リリーが待ちに待った知らせ。逸る気持ちを抑え、タペストリーから手を離した。


「あの、返事はどのような?」


部屋まで待ちきれずリリーが急かす。スラグホーンはそんな彼女の様子に微笑んで「期待に応えられるだろう」と答えた。


スラグホーンが自室の扉を開けると、むわりと温められすぎた空気がリリーを迎える。勧められるままソファに座ると、彼は一通の手紙を差し出した。


「君宛の分だ」


リリーは礼を言ってすぐさま手紙を開く。そこには依頼を引き受けることは可能だが4月にならなければ入手できず、報酬もそれなりの額になることが書かれていた。

それでも市場に出回ればその日のうちに売り切れてしまう水草が、確実に手に入れられるのは有り難い。いつまでも待てるとは言えないが、この場合は待つ他ないし、費用だって出し惜しむ気はない。


「ありがとうございます、スラグホーン教授!」


リリーが破顔し礼を述べると、スラグホーンも釣られたように微笑んだ。


「彼は年明けまでこの住所にいる。何かあれば君から直接ふくろうを飛ばすと良い」


スラグホーンは砂糖のまぶされた羊皮紙の切れ端にさらさらと住所と名前を書き手渡した。リリーはさっと目を通すと折り畳んでローブへと入れる。


「そうそう、プレゼントをありがとう。私からはその手紙だということにしてくれ。折角だし、君の贈ってくれた蜂蜜酒で乾杯するかね?」

「いただきます」


スラグホーンは飲み物がずらりと並んだテーブルへのしのしと歩き、気前が良いとは言えない量をゴブレットに注ぐ。僅かに量の多く入ったゴブレットを手元に残して、もう一方をリリーへと渡した。

二人揃ってグラスを挙げる。


「勤勉な元教え子に」

「惜しみない恩師の助けに」


ゴブレットに唇を寄せ、グイと傾ける。するりと滑り込んできた蜂蜜酒は、けれど飲み込まれることはなかった。

本来あるべきリコリスとチェリーの風味を損なっている蜂蜜酒を吐き出して、リリーが咳き込みながらスラグホーンを窺う。彼は数秒早くに気づき、その液体が口に触れてはいなかった。ゴブレットと酒瓶とリリーを順に見て、何が起こっているやらと目を見開いている。


「スラグ、ホーン教授っ」


リリーの手からポロリとゴブレットが落ちた。高い金属音を立てる床石に、スラグホーンがようやくハッと息を呑む。

口には入れてしまったもののそのほとんどを吐き出したというのに、リリーの身体はガクガクと震え始めた。息が詰まり衝動的に喉へ手をやるが苦しさは増すばかり。身体が自分のものでなくなっていくのを感じた。


「リリー!す、すぐに解毒薬を!」


魔法薬キットへ飛んで走るスラグホーンの背後に見えた蜂蜜酒の瓶には、リリーが贈ったものとは違う色のリボンが巻かれていた。







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