132 スラグ・クリスマスパーティー


季節はすっかり冬だった。毎朝校庭に敷き詰められていた霜は雪へと変わり、白銀の世界となる。城を出ずとも分厚いマントと手袋が欠かせない日々。廊下を駆け巡るすきま風が城中を凍りつかせていった。


クリスマス休暇が近づいてきた頃、スラグホーン主催のクリスマスパーティに多くの元スラグ・クラブ生が招待された。それにリリーは二つ返事で参加を決める。




「スネイプ教授もスラグホーン教授にクリスマスパーティへ誘われました?」


リリーは第二の私室のような気分で地下のスネイプの部屋に居座り、彼が羽根ペンを置いて目元をぐりぐりと揉み始めたタイミングで声をかけた。凝りを解す彼を窺う彼女はテーブルに広口瓶を二つ並べ、ごりごりと乳鉢でミノカサゴの脊椎を粉末化させる手を止めないまま。もうスネイプは魔法薬学の担当ではないというのに、リリーはたまにこうしてスラグホーンから任された仕事を持ち込むことがあった。


「行く前提で話を進められた」


スネイプは見慣れた、しかし今年度に入ってからは不自然でもある目の前の光景をチラリと見た。リリーは彼の話した様子を想像しクスクスと笑っている。


「お客様もたくさん招待されるそうですよ」

「この厳戒態勢に有り難い発案だな。ほんの数ヵ月前までは身を隠し過ごしていたことなどお忘れなのだろう」

「センサーで持ち物をチェックしたあとポリジュース薬の確認もするんだとか」

「君がか?」

「いいえ。私はそれでも良かったんですが、そういう役目は他の者に頼んである、と」


スネイプが再び羽根ペンを手に取り、リリーは口を噤んだ。




「君は誰か招待するのか?」


次に沈黙を破ったのはスネイプだった。左右に積まれていた羊皮紙が左側に依り、そばの棚に向かって杖を振る。


「相手が承諾してくれれば、そのつもりです」


カチャリ、カチャリ、とティーセットが事務机へと運ばれる。まだ仕事を片付け終えていないリリーの分はなく、「狡い」と視線だけで非難した。スネイプはそれを当然のように無視してティーカップへ濃い赤橙色を淹れる。


「よもや騎士団員ではあるまいな?」


スネイプは顔が広く人当たりも良いわりに不思議と友人と呼べるような人物の影が薄いリリーを改めて不思議に思った。スラグホーンのような友人自慢はないにしても、何年も共に働けば少しくらいは小耳に挟む。現にマクゴナガルやスプラウトらには学外の友人がおり、スネイプがその名前までもを知っている。


「違いますよ。イギリスにお住まいですが学校はダームストラングだったので、スラグホーン教授と引き合わせればお役に立てるかと――」


『ダームストラング』と聞いてスネイプは眉間にぎゅっとシワを寄せた。そして非難めいた目をリリーへ向ける。その目の意味を彼女は瞬時に理解した。


「あ、いえ、シュティールも今はイギリスにいるそうですが、彼ではありません」

「連絡を取り合っていたのか」


驚きと呆れを滲ませるスネイプにリリーは苦笑いで返す。

三校対抗試合で代表団の一員としてホグワーツへ来たシュティールも、今は働いており何があろうと疚しくはない。尤も、交流は手紙だけなのだが。彼はカルカロフのいないダームストラングの様子や就いた仕事、イギリスに移り住んだことなどを知らせてくれていた。


「彼とはお友達ですから」


そう言ってにこりと口角を上げる。


「方々にいい顔をして、ご苦労なことだな」


スネイプ教授は何が気に入らなかったのか、シリウスの「むっつり病」を引き継いで、ティーカップで顔を隠すように傾ける。私が仕事を片付けても出される香しい温もりはなく、残念な気持ちを隠せず席を立った。






冬の日の出は遅く、日没は早い。しかし専ら地下にいるスネイプは外からの光に指図され行動するわけではなかった。


時計を眺め、ため息をつく。

風の噂ではポッターの予定に合わされ組まれたらしいスラグホーンのクリスマスパーティ。とうとうその日がやって来てしまった。

ホグワーツ内の個人的なパーティと言えどドレスコードは守るのが得策。代わり映えのしないいつもの黒ではあるが一張羅のドレスローブを身に付けて、鉛のような足で地下から這い出した。

途中玄関ホールで屯する女子生徒の集団にぎょっとして、「ハリー」「ルーニー」などと不快な単語が囁かれる様に眉間に力が入った。低俗な噂話に夢中の生徒が自分に気づく様子はない。それを幸いに、関わりたくない、と小回りで群れを避け大理石の大階段を上った。


目的の部屋が近づく。

鬱陶しい喧騒とクリスマスを盛り上げようと躍起になる音楽に顔を引き吊らせ、一歩、一歩、と普段とは比べ物にならない足取りで進む。

開け放たれた扉からは広々とした中の様子が窺え、想像以上の賑わいが見てとれた。居場所を求め目を走らせるがクリスマスカラーで覆われた壁際が落ち着けるはずもなく、今日何度目かのため息をついた。

足元を彷徨くキーキー声のトレイからワイン入りのグラスを取り上げ、今日の主催を探す。参加した証拠に一声かけて、このグラスを空にすれば帰ろう。それでスラグホーンも文句は言うまい。


「サングィニ!ここにいなさい!」


笑い声の絶えないこの場にそぐわない躾るような重い声。続けざまに届く内容を聞き流していると、頭の痛い黒髪のボサボサ頭が目に入った。遠退いていくその後ろ姿は紛れもなく「選ばれし者」で、スラグホーン一番のお気に入り。ならそのスラグホーンも近くにいるのでは、と軽く後を付けながら見回してみるが招待客に埋もれて見つからず。

代わりに普段の淑やかな出で立ちが霞むほどに着飾った女を見つけた。

エバンズは黒のタイトなドレスに身を包み、何やらおかしそうに笑っている。その振動がたおやかにドレスへ伝わり、光沢のある生地が天井から下がる金色のランプの光を受けて、一層彼女を輝かせていた。

一人、二人、と途切れることなく声をかけられ、彼女はその度ににこやかな笑みを浮かべる。三人、四人、とどうやら知り合いばかりではないらしいと分かった。私はここに来てまだ一言も発していないというのに、彼女の元には五人目の男が近付いている。彼女が男からグラスを受け取るのを見届けたところで、ハッと我に返った。


一体私は何をしているんだ……


彼女から目を離しワインを煽る。空にしたグラスを足元でチョロチョロと移動する磨きあげられたシルバーのトレイへ戻し、スラグホーン探しを再開させた。

が、

右を見て、左を見る。また彼女が視界に飛び込んできた。関わる気はないと内心ため息をついたとき、彼女の様子が先程とは違うことに気が付いた。自然な笑顔は貼り付けたものへと変わり、伸びる男の腕を然り気無く躱している。今にも呼んだらしいパートナーが来るのではと周囲を確認するが、その様子はなかった。


「貸しだな」


スネイプはポツリと呟き、その距離を縮めるべく大きく一歩踏み出した。


「失礼、彼女をお借りしても?」

「スネイプ教授……!」


人混みに見え隠れしていた相手の男は顎髭だけを妙に伸ばした彼女より一回りほど歳のいった人物だった。スラグホーンの招待であるからにはそれなりの地位を確立した人間なのだろうが、生憎自分は興味がない。

チラリと横目で覗いた彼女はあからさまに安心してみせ、どの男に向けていたものとも違う笑みを咲かせた。


「失礼します、ミスター」


するりとリリーがスネイプの腕へ組むように指を絡ませた。スネイプは離すでもなく寧ろ少し胸を張り、男へ牽制するような表情を作る。彼女が儀礼的な笑みを浮かべ会釈をすると、深く付きまとう気はないのかあっさりと男が引いていった。


「ありがとうございました」

「あのくらい適当にあしらえただろう」

「そう思いながらも助けに来てくださったんですか?」


リリーがわざと驚いて見せ、瞬時に引き下がったスネイプの口角にクスクスと笑う。


「聖マンゴ病院の次期トップ候補ですよ、彼。失礼のないようにと思うとなかなか上手く躱せませんでした」


リリーがスネイプの腕からするりと手を離し、ほんのりと上気した頬をその甲で冷やした。だというのに、気泡の立ち上がる黄金色の液体が注がれたグラスをまた唇へと寄せようとして、スネイプがグラスを取り上げる。脇を通る屋敷しもべ妖精のトレイにそれを乗せ、代わりに水の入ったゴブレットを選び取った。


「客人を招待したのではなかったかね?」


ゴブレットをリリーへ押し付けながらスネイプが問う。彼女は礼と共に微笑んで、コクリと火照りを沈める冷たさを喉に通した。


「彼なら始めにスラグホーン教授へご紹介してそれきり……あぁ、あそこに。彼にとっても新たな交遊関係を築くチャンスですから。ずっとそばに付かれるより気が楽です」


困ったような呆れたような顔でリリーがゴブレットを傾けた先には、何人かの気難しそうな男と話し込む壮年の男がいた。


「彼は――」

「――セブルスでさえ――」


スネイプは言葉を続けようとして、不意に聞こえた自身の名前に口を噤んだ。その声はこの場に来てからずっと探していた男のもの。ようやく帰れると安堵した矢先、背後からグイと腕を掴まれた。瞬時に嫌な予感が脳裏を過る。借りはすぐに返してもらう、と隣で小首を傾げる女の腕を引き寄せた。




「セブルス、リリーも!さぁさぁ、一緒にやろう!」


ハリーはぎょっとした。スラグホーンが伸ばした腕にはしっかりとスネイプが掴まれており、そのスネイプの腕には驚くことにエバンズ先生がくっついて来た。驚いた表情の彼女から、無理矢理スネイプに連れられたのだと分かる。エバンズ先生はこの奇妙な一団をぐるりと見回し、最後にハリーへにっこりと笑いかけた。


「たった今、ハリーが魔法薬の才能に恵まれていると話していたところだ。リリーも見ただろう?一回目の生ける屍の水薬、あれは素晴らしかった!」

「えぇ、確かに。私もあそこまで上手く煎じることはできませんでした」


スラグホーンがそばを通った屋敷しもべ妖精を引き止めて、スネイプとエバンズ先生に蜂蜜酒を勧めた。彼女はスラグホーンに相槌を打ちながら持っていたゴブレットを蜂蜜酒のそれと交換する。それをスネイプはたしなめるように細めた目で見ていたが、エバンズ先生は気付かない振りを決め込んだようだった。


「ハリーの調合はなんとも直感的で――」


スラグホーンとエバンズ先生が話し込む間、ハリーはスネイプがスッと身体を引いたことに気づいた。話す二人に挟まれ然り気無く気を使ったようなその動作が、ハリーには居心地の悪い場所から逃げただけなのだと分かる。それにエバンズ先生も気付いたようで、ハリーと目が合うとクスリと笑った。ハリーもニヤリと笑い返す。

ふと別の視線を感じてハリーがスネイプを見ると、彼は抉るようにハリーを見ていた。未だ続くハリーの魔法薬についての話題にある種の動揺を感じ、挑戦的に睨み返したい気持ちを抑えてスラグホーンの話に集中する。

目を合わせれば、突然開花したハリーの才能の理由を読まれてしまう。




「スラグホーン教授!」


突如としてパーティに乱入した招かれざる客の登場にリリーはホッと胸を撫で下ろした。嬉々としているフィルチとは対照的に、引きずられるようにして連れてこられたマルフォイは顔色が優れずくっきりと隈までできている。リリーは撫で下ろしたばかりの胸がグッと痛むのを感じた。

スラグホーンが寛大にフィルチを宥め、マルフォイがそれに感謝を並べ立てる。スネイプがマルフォイを連れて部屋を出て、ポッターがこっそりと後を追うまで、リリーの《知っている》通りに事が運んだ。

ポッターが話を盗み聞くと心を決めて出たからにはきっと目的は達成されるだろう。リリーは何とも言えない気分でパーティの輪に戻っていった。







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