130 ネックレス


10月になって、気温は益々下がっていった。おまけに今日は風が強く霙まで降る始末。朝からドスドス、ベチャベチャ、と窓を叩いて寝直す度に起こされた。

こんな日は外に出るものではない。

しかし今日は今年度初めてのホグズミード日。マフラーを何重にも巻き分厚いマントと手袋を合わせた重装備で悪天候に挑む生徒は多かった。ポッターやケイティ・ベルもその一員。

今日はベルが呪いのネックレスの被害に遭う日だった。

生徒を危険な目に遭わせるなどしたいわけがない。未来の許す限り生徒たちは守ってきたつもりだ。それが見捨ててしまったディゴリーへの贖罪でもある。

それでも私が今日城から出ることはない。彼女が呪いに障るのはホグワーツ外だ。ならば出ない方が、彼女をより危険な目に遭わせずに済むのだから。


「彼女は無事だし、予言通りになるだけ。私のせいじゃない。大丈夫……大丈夫……」


そわそわと廊下で行ったり来たりを繰り返す。扉で隔たれたすぐ向こうは玄関ホール。ベルが無事だとしてもそれはここへ担ぎ込まれるまでの話だ。その後は何も起こらないよう願うしかない。


突如、耳をつんざく絶叫が扉越しに響いた。とうとう来た。リリーは弾かれるように駆け玄関ホールへと飛び込んだ。


「呪いだ!ケイティ・ベルがやられた!ホグズミードへの小道に見てたハリーらが残っちょる!」


途切れることなく続く悲鳴に負けないようハグリッドが声を張り上げた。その手にはぐったりと横たわる女子生徒の姿。脱力しきっているのに口は大きく開き息の続く限りの悲鳴を上げている。そのちぐはぐさが不気味で呪いを受けたことは明らかだった。


「ハグリッドは彼女を医務室へ!私はマクゴナガル教授に!」


ハグリッドが大きく頷き駆け出した。呆然と立ち尽くし慌ただしい光景を目で追うフィルチを置いて、リリーもまた上階へと駆け上がる。


ドンドン、と強めにマクゴナガルの私室を叩き、返事も待たずに開け放つ。


「マクゴナガル教授!ケイティ・ベルが呪いに中てられて医務室へ運ばれました!」


リリーへ向いた視線は二つあった。一つは部屋の主であるマクゴナガル。そしてもう一つはプラチナ・ブロンドの青年、ドラコ・マルフォイだった。書き取り罰の真っ最中らしい様子で固まる彼に視線を移すと、彼は逃げるようにリリーから逸らした。


「マルフォイ、罰則は終了です。さぁ、お行きなさい」


リリーがハグリッドから聞いたことを伝える間にマクゴナガルはマルフォイを追い立て部屋から出した。マントを羽織る手間も惜しんでキッと目に一層力を込める彼女が廊下を小走りに移動する。

マクゴナガルが先を行き下りた玄関ホールでは、ポッター含め四人の生徒がフィルチと口論していた。ポッターの抱えるマフラーに「詮索センサー」を翳すフィルチはピーピーと鳴る音が楽しくて仕方がないと声を荒げている。


「フィルチ、お止めなさい!良いのです、彼らは――」

「インペディメンタ(妨害せよ)!」


ピタリ、とすべてが止まった。

正しくはリリーの呪文によりフィルチの動きが止まった。彼は頻りにマフラーを庇うポッターに痺れを切らし、センサーを持たない手をポッターへと伸ばしていた。そんな二人を見て周りは何事かと動きを止めたのだ。

リリーは一斉に視線を浴び、にこりと曖昧な笑みを浮かべて杖を懐へと戻す。


「ポッター、そのマフラーは何です?」


まず始めに平静を取り戻したのはマクゴナガルだった。彼女は大切に守るように抱えたポッターのマフラーを指し、眉間にシワを寄せている。


「ケイティが触れたネックレスです」


ポッターは正直に答えた。


「なんとまぁ!フィルチはエバンズ先生に感謝するべきです!」


リリーがポッターからマフラーごとネックレスを受け取ったのを見届けて、マクゴナガルがフィルチへの呪文を解除した。


「あなたたち四人には私の部屋で話を聞きます。エバンズ先生はスネイプ教授へそれを届けていただけますね?」

「もちろんです」


階段を重苦しい足取りで上る五人と別れ、リリーは一人地下へと下りた。


コンコン、とノックと共に名乗れば扉が独りでに開かれる。いつもは寒々しい地下も、窓に打ち付ける風と霙が凄まじい地上に比べれば幾分か平和で暖かに見えた。ごうごうと燃える暖炉の温もりに包まれたこの部屋で、スネイプはいつものように事務机にかかりきり。視線を上げることもなく「何だ?」と問うた。


「ケイティ・ベルが呪いのネックレスの被害に遭いました」


スネイプがガバリと身体を起こした。リリーがソファテーブルへマフラーを置いて杖でネックレスを取り出すと、彼は仕事を投げ出し事務机に転がる杖を引っ掴んで大股で歩み寄る。


「ベルは錯乱状態で医務室へ、目撃者へはマクゴナガル教授が話を聞いてくださっています」


スネイプはネックレスを浮かせ観察したあと、幾つか呪文を唱えた。ゴゴゴウと地下廊下をうねるすきま風が恐怖を煽ろうと囃し立てている。

一通り調べ終えたスネイプは確信を得た顔で本棚へと向かった。分厚い黒い表紙の本を抜き出すと、ペラペラと目的のページを開きリリーへと突き付ける。反射的に受け取って彼女が本へと視線を落とすと、そこには見覚えのあるページが広げられていた。

夏にダンブルドアを繋ぎ止めた魔法薬だ。


「二度目だ。出来るな?」

「はい」


リリーは力強い返事と共に頷いた。すれ違い様、スネイプが彼女の肩に手を乗せる。それがリリーには「任せた」と言っているように感じて、事実魔法薬を任されていて、目に情熱と決意が灯る。


「私は医務室へ行く。出来次第来い」

「分かりました」


早速と、リリーはブツブツ呟きながら本をなぞった。スネイプは箱にネックレスを入れると開かないよう蓋をくっ付け厳重に保管する。そして部屋を出る直前リリーを一瞥し、何を言うでもなく扉を閉めた。


悲運な被害者が無事聖マンゴ病院へ搬送されるまで油断はできない。しかし私は魔法薬の材料を集めながらホッと息をついた。ネックレスが新たな犠牲者を出すのを防げたのだ。それにスネイプ教授が医務室へ向かった今、何を心配することがあるだろうか。


あとは私が魔法薬を煎じてみせるだけ


リリーは「よし!」と自分を鼓舞して大鍋を火にかけた。







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