129 罰則


スラグホーン教授の前で私はいつもニコニコと機嫌が良かった。なるべく食事は彼の隣で摂り、興味のない交遊関係にも驚きと尊敬を示してみせた。そして然り気無く自分の顔の広さも披露する。見栄の張り合いをしたいわけではないから匙加減が難しいが、スラグホーン教授は大抵興味深いと食い付いた。

彼はしばしば私を授業に呼んだ。新しい調合をするときだったり、とんでもない失敗をしでかす生徒のいるクラスだったり。スネイプ教授の時と同様、地下牢教室の薬材料管理は私が任された。


スネイプ教授とは疎遠になってしまうだろうと思っていた。闇の魔術に対する防衛術は魔法薬学ほど授業の前後に手間が掛からない。ポッターやマルフォイにも時間を割くため放課後も忙しいだろうと。

しかしそうはならなかった。スネイプ教授は闇の魔術に対する防衛術にも私を呼び(今のところ生徒に呪文の模範を見せるための的代わりではあったが)、職員室や廊下で声をかけられ他愛ない話をする日もある。一度だけ夜にも呼ばれた。


忙しいのは私の方だった。例年通りの仕事に加え、私の元には数多の手紙が寄越されていた。すべて宛先はホグワーツそのもので、保護者からの『学校では何も起こっていないか?』『本当に安全か?』といった不安の声。例のあの人の復活が真実として知れ渡った以上、仕方ない。私は返事を書く役目を渋々引き受け、空いた時間の殆んどを費やさなければならなかった。

それにマルフォイに気を割くのは私も同じ。毒入り蜂蜜酒やポッターの唱えるセクタムセンプラが悪化しようものなら最悪の事態となる。

私はこれから不利益を被る人々を《本》の予言で知っていても、心を傾けすぎない決心をした。日刊予言者新聞がスタン・シャンパイクの逮捕を報じても、ハンナ・アボットの母親が殺されようと。どこかで誰かの大切な人が傷付こうと、私はそれを無視し続ける。

自分がしたことではないのだからと言い聞かせて。




新学期が始まって2週間が経った土曜日、私はいつものように職員室で保護者への返事をしたためていた。あと三通だからと夕食に向かう同僚たちを見送って、羽根ペンを走らせる。

カサリと、視界の端から手紙が一通消えた。


「国外へ行くならまだしも、家に籠る程度でどうにかなるはずがない。ならここへ寄越していた方がまだ安全だろう」


リリーが便箋から顔を離すと、すぐ側で保護者からの手紙を読んだスネイプが顔をしかめていた。その様子に苦笑いして、リリーが羽根ペンをインク瓶に浸ける。


「私もそう返事に書いています。尤も、配慮のある言い回しを考えるために時間がかかっていますけどね。家族で一緒にいることが大切なんですよ、きっと」


スネイプは臭いものを嗅いだように鼻面を上げ、机上へ手紙を投げ返した。


「この緊迫した情勢の中、ダンブルドアはどこへ行っている?」

「スネイプ教授がご存じないのに、私に知らされているはずがありません」


分霊箱についての情報集めに奔走しているのだろうと推測は出来るがどこで何をしているかなど細かなことまでは知らないし、ダンブルドア校長もいちいち告げては行かない。

リリーは肩を竦め再び羽根ペンを便箋に滑らせ始めた。スネイプは目を細め些細な仕草から真偽を推し量ろうとしたが、やがて諦め一足先に欲望に忠実になるべく踵を返す。

パタン、とスネイプが部屋を出るには早いタイミングで扉が開く。中へ進む足音にリリーが顔を上げた。


「セブルス、ここにいてくれて良かった!」


にこやかにそう言ったのはスラグホーンで、彼はスネイプの前まで来ると言葉を続ける。


「君は今日の夕食後、ハリーに罰則を課したそうだね。それを別の日にずらしてもらいたい」


リリーはスネイプのこめかみがピクリと動くのを見た。


「理由は?」


恩師に対する言葉としては少々乱暴にスネイプが問うと、スラグホーンがにこやかなまま自慢の髭を摘まむ。


「スラグ・クラブを開こうと思ってね。君も知ってるだろう?実は今日が初回だ!」


問いには答えたのだから要望は通って当然。そんな頭の内が透けて見えるスラグホーンに、スネイプは沸々と湧く苛立ちを抑えてクッと口角を引き上げた。


「罰則というものは、生徒の行動を制限し、反省を促すためのものです」

「もちろん、セブルス。何も取り消せとは言っていない。数日ずらしてくれればそれで良い」

「生徒がパーティを楽しみたいなどという理由を呑むのは、罰則の主旨に反する。例えポッターが巷で『選ばれし者』と持て囃されていようとも、我々教師が特別扱いなどしては彼のためにならない。違いますかな?」


これっぽっちもそんな風には思っていないくせに。

リリーはスネイプの役者っぷりにひくりと頬が震えた。慌てて顔を伏せ、チラリと上目で二人を覗けば、スネイプの冷ややかな目に射竦められる。逃げるように羽根ペンを握り直して便箋へと集中する振りをした。

スラグホーンは元教え子の正論に言い返せなかった。しばらく唸って粘り、やがて諦め部屋を出ていく。


「馬鹿馬鹿しい」


今しがたスラグホーンの出ていった扉を見つめ、スネイプが悪態をついた。生徒には横柄な態度も多い彼だが、同僚ましてや恩師への不敬を表に出すことはそうそうない。ロックハートやアンブリッジのような敬するに値しないと下した人物に対しては別として、スラグホーンに対しハッキリ『馬鹿馬鹿しい』と言い捨てる彼は珍しかった。

そんな彼の一面を一人職員室に残っていた自分だけは聞くことを許された。そう思うと、リリーは自然と頬が緩んでしまう。


「何を笑っている」


そんな彼女に目敏く気付いたスネイプが、眉間を寄せた冷ややかな目で非難する。


「気のせいですよ」


羽根ペンで口元を隠すようにリリーが便箋へ顔を寄せた。しかし変わらずスネイプの視線は突き刺さったまま。


「近頃は随分とスラグホーンにベッタリだな。何を企んでる?」


話が自分のことへと飛んで、仕方なしとリリーが顔を上げ直す。


「もちろん、出世やコネですよ」

「君には既に持て余すほどあると思っていたが」


吐くならもっとましな嘘にしろ、と片眉を上げるスネイプに苦笑いして、リリーがくるくると羽根ペンを遊ばせる。


「確かに私の顔は広いですが、質では敵いません」

「そこまでの野心家だとは知らなかったな」


冷笑に頬を歪ませ鼻で嗤う彼が信じたわけでないのは明らか。しかしそれ以上深く掘る気はないようだった。


「私たちも夕食にしませんか?」


彼が現れてから全く進んでいない手紙を放り出し、インク瓶へと蓋をした。私が隣に並ぶまで待って一歩踏み出す彼の歩幅は私と同じ。

彼が扉に手をかけて、先を見もせずに私へ道を譲ってくれる。その流れるような自然さが意外で、でも初めて見るものではなかった。

彼の人生のどこで身に付けたものなのだろう。そんなことを考えながら見た扉の先と目が合って、リリーもスネイプ同様道を譲る。そんな彼女の動きを不審に思い、スネイプはようやく扉の先に視線を向けた。


「ありがとう、セブルス。リリーも。珍しいこともあるものですね」


そこにはマクゴナガルがいた。扉に伸ばしかけていた腕を下ろし、キリリと力強い目をスネイプの顔から扉を支える腕へと落とす。スネイプは苦々しい気まずさにぎゅっと口角を下げ、早く通れと催促する表情をした。

マクゴナガルの後にリリーが通り、ようやくスネイプが扉を離す。リリーがクスクスと思い出し笑いをすると、ペシリと後頭部に軽い衝撃を受けた。先程の紳士ぶりはどこへいったのか。仰ぎ見た不機嫌な彼の表情が不貞腐れた子供のようで、リリーはまたクスクスと声を押し殺し笑った。








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