127 新学期


魔法大臣が代わり、カルカロフの遺体発見、オリバンダー氏を始めとする行方不明者の続出。新聞と騎士団員がもたらす情報はどれも重苦しいものばかり。

新学期のスタートを数日後に控えた今日。集められた教職員は新たに強化された警備についての説明と、新任の赴任による教科担当の変更についてダンブルドアから説明を受けた。

セブルス・スネイプの闇の魔術に対する防衛術就任。

ざわりと揺れた職員室で心なしか胸を張るスネイプに祝福すべきか戸惑う人間は多かった。去年は彼女自身が推薦したというのにマクゴナガルも大層驚いたようで、見開いた目でダンブルドアへ更なる説明を求める。しかしその要求に応えられることはなかった。




「闇の魔術に対する防衛術の担当就任おめでとうございます」


職員会議が終わり、リリーは真っ直ぐ地下へと下りていた。部屋の松明を灯すスネイプの背に声をかければ、帰ってきたのは冷ややかな嘲笑。


「心を込める努力くらいしてはどうかね?」


スネイプは最後にティーセットへ杖を向け、自身は黒の古びたソファへ腰かけた。勧められるでもなくリリーも向かいに座り、彼女はそばの棚へ杖を振る。それに驚いたのは部屋の主で、棚から飛び出してきたクッキー缶に眉間のシワを深くした。


「闇の魔術に対する防衛術を担当した者は1年で去ると」

「くだらんな」


それが現実になることをリリーは《知っている》し、スネイプもまた当然のこととしてそれを予感している。しかしそれを悲観しすぎることもなく一笑して、彼は運ばれてきた二つのティーカップにポットの中身を移した。


「地下は我輩の管轄ではなくなるが、ここと隣の研究室は引き続き使用する。ご高名のスラグホーン教授には狭すぎるらしいのでね」

「ご自身の魔法薬研究は継続されるおつもりですか?」

「時間があれば」


マルフォイに気を配り続けなければならない今年は大して時間を作れないだろう。私も、スネイプ教授も。


「当然ながら、今後地下牢教室を使う際はスラグホーンに言え。昔のように避けて過ごすわけにはいかないだろうな」


リリーがスラグ・クラブを断り続けた話を思い出し、スネイプが嫌みに笑う。


「私は集まりこそ避けていましたがスラグホーン教授を避けていたわけではありませんよ。苦手なのはスネイプ教授の方では?」


負けじとリリーがニヤリと笑えば、スネイプは口角を引き下げた。むっすりと不機嫌さを隠さない様子で紅茶を飲む彼に、リリーは笑みを深める。


「今回はどの子が声をかけられるのでしょうね」

「興味はない」

「ポッターは間違いないでしょう」

「ダンブルドアがわざわざ事前に引き合わせたほどだからな」


興味はないと言いながらも同意を示すスネイプに、リリーは堪えきれず控えめな声を上げて笑った。自分は面白くないと眉間で語りながら、ばつの悪さにスネイプがクッキーへと手を伸ばす。サクリと広がるジンジャーが舌を刺激した。






9月1日がやって来た。

ホグワーツ特急は定刻通り駅に滑り込み、ブレーキの甲高い悲鳴を轟かせる。薄闇の中でも紅の車体は誇らしげに輝いていた。

山に居を移したグロウプとのお喋りに夢中でなかなか姿を現さないハグリッドに代わり、リリーは一年生を迎えるためホグズミード駅にいた。ホグワーツ特急から流れ出る生徒の中にポッターの姿はない。

森番などハグリッドの代わりを勤めたことは今までにもあるが、だからといって何でも私に仕事を投げるのは止めてほしい。私がここにいることで何か悪化するとも限らないのに。

しかしそう素直に言えるわけもなく、リリーは二つ返事で役目を引き受けていた。出来る限り速やかにこの場を去ろう。例年ここに立つ友人ほど目立つ体躯に恵まれなかった彼女は、杖先から「1」を形作る煙を出しつつ声を張り上げた。


「一年生ー!一年生はこっち!船で移動だよ!」


人数を確かめながらランタンの灯る小舟に乗せ、脅えはしゃぐ新入生を城の船着き場へと渡す。それが終われば玄関ホール近くの空き教室へ緊張と感動に包まれた一団を詰め込んだ。

私が頼まれたのはここまでだった。途方もない徒労感に襲われ、毎年これをやってのける友人に心中で拍手を贈る。

リリーが人気の引いた玄関ホールへ踏み込んだとき、すいっと銀白色の光が横切った。その先は大広間の職員テーブル脇扉へ繋がる通路だ。光を追うように角を曲がると、そこにはどこかへ向かう途中だったらしいスネイプがいた。光は彼の前でその姿を克明に現した。


『ポッターを特急内で保護。校門で落ち合おう』


トンクスの声だった。最も近くにいる騎士団員へ向けた連絡を偶然スネイプが受け取った。


「彼女の守護霊はジャックウサギだったはずだが?」


既に消えた銀白色の狼を十分に睨み付けた後、スネイプはリリーへと目線を移した。訝しむと言うよりは嫌悪を滲ませた彼の顔にリリーは口角を引き上げるだけの笑みを返す。


「理由はスネイプ教授にもお分かりのはず。私はこのまま校門へ向かいますので、教授はダンブルドア校長への報告をお願いできますか?」


ポッターのスネイプ教授に対する嫌悪を少しでも防ぎたかった。彼が怒りの矛先を無理矢理作り出したいだけだとしても、今更こんな些細なことを防いだところで意味がなくとも、どのみち今年度末にはスネイプ教授に対する嫌悪は最高潮に達してしまうとしても。


「よかろう」


スネイプが自分に行かせろと言うはずもなく、彼はリリーの提案を受け入れた。そして大広間へ向かう彼を見送り、リリーもその場を後にする。




「トンクス!ポッター!」


校門で待つ影を見つけ、リリーは二人に駆け寄った。ランタンの灯りが届き鮮明に浮かんだ二人の姿はみすぼらしい。片や血だらけの青年、片やくすんだ髪のにこりともしない女性。休暇中の歓談で少しくらいはトンクスの気持ちが上向きに戻ってくれたかもとリリーは期待していたが、そうはならなかった。


「リリー?」


騎士団員に送ったつもりがランタンを掲げる人物にトンクスが首を傾げる。


「連絡はスネイプ教授に届いてたよ。居合わせた私が迎えを引き受けたんだ」

「それは良かった」


トンクスの言葉はリリーの説明の後半へ向けられていた。悪びれもせず言う彼女に苦笑いしたリリーの顔はランタンから離され闇に溶ける。リリーが杖で閂を突くと鎖が生き物のようにグネグネと踊り高い金属音を聞かせながら門が開いた。


「守護霊が変わったってスネイプ教授が……あー、吃驚してた」


リリーはなるべくぼかして伝えたが、トンクスにはその時のスネイプが良い反応だとはとても思えなかった。顔を屈辱に歪ませる。

そんな彼女にかける言葉を見つけられず、時間稼ぎにリリーはポッターに敷居を跨ぐよう促した。そして未だ不快に機嫌を損ねたままのトンクスに断りを入れ、門を閉める。開けたときと同様に閂を杖で叩いて厳重な守りを復活させると、やっと控えめにトンクスを呼んだ。


「とても綺麗な守護霊だった。私は素敵だと思うよ」

「ありがとう、リリー」


何の捻りもない言葉ではあったが、トンクスはにこりと今日初めての笑みを浮かべた。




「あの、先生?トンクスの守護霊って……?」


おやすみを交わしてトンクスと別れた後、城へ向かう道中でポッターが尋ねた。ゆらりゆらりとリリーの歩調に合わせ揺れるランタンのオレンジの灯が、ポッターの緑の目にかかる。


「秘密だよ。守護霊は内面を表すとってもプライベートなものだから。どうしても気になるなら本人に聞くといい」


それきり大した会話もなく城へ到着した。賑やかな声の漏れ聞こえる玄関ホールでポッターと別れ、リリーは職員テーブル側の扉へ続く通路を歩む。ダンブルドアに到着の報告をしてハグリッドの隣へ座った。

少し離れた位置のスネイプはリリーを見るやいなやグリフィンドールテーブルへ視線を走らせる。何のお咎めもなく透明マントでしれっと席についたポッターに気付くと、忌々しいと顔を歪め誰にも聞かれることなく舌打ちをした。







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