6 癒者見習い


闇の魔術に対する防衛術でのピクシー事件以降、三日に一度はロックハートに授業助手を打診される。が、演劇混じりの魔法史風授業に自分が必要とは思えず、そのほとんどを先約があるからと断っていた。

仕事にも優先順位は必要だ。彼がその最下位なだけで。




あっという間に1ヶ月が過ぎ10月ももう数日が経った頃、学内で風邪が爆発的な流行をみせた。日に日に冷え込む上、連日の雨で止めを刺されたのだろう。生徒だけには留まらず何人かの職員もマダム・ポンフリーの世話になっていた。

大抵は薬を飲んでその日の内に元気になる。それは良いことだ。しかし薬の減りが早すぎて、忽ちマダム・ポンフリー一人では手に負えなくなってしまった。

校医特製元気爆発薬がいつしか魔法薬学教授特製元気爆発薬へと変わったことを知る生徒はいないだろう。

リリーはというと、医務室とスネイプの研究室を行ったり来たりする日々を過ごしていた。その忙しさもロックハートの仕事を断る良い口実となり、彼女にとっては有り難かった。




「スネイプ教授、エバンズです」


言いながら、リリーは彼の私室をノックする。すると研究室側の扉が開いた。この1ヶ月間、何度も足を運んだ地下牢で、こういうことは度々あった。彼女は迷いもなく開いた扉へ進む。


「マダム・ポンフリーからの依頼で、不足薬のリストをお持ちしました」

「そろそろだろうと取りかかっていたところだ。向こうの材料をすべて刻んでおけ」


元気爆発薬を筆頭に眠り薬などの書かれたリストを一読して、スネイプが机を指す。リリーは了承の返事をするとナイフを手に取った。これが最近のお決まりのパターン。

スネイプ教授との距離が少しは縮まったと思う。いや、この男相手にしてはかなり奇跡的な進展なのかもしれない。こうして一緒に研究室に立つこともあったし、調合を任されることや授業への同席もあった。多少は役に立つ存在であると認めてくれたのではないかと思う。

ただ、彼の方から声を掛けてくることはなく、私が押し掛ければ仕事を振り分けてくれる程度。だが少なくともここに居ればロックハートが訪ねて来ることはないため、地下シェルター代わりに足繁く通っているのが現状だった。


ここで仕事を手伝うようになって初めて気付いたことがある。どうやら私は調合だけではなく魔法薬学そのものが好きらしい。

スラグホーン教授に教わっていた頃にはそれほど関心がなかった。しかしスネイプ教授のギッシリと書き込んだ手順書や隙のない技術を目の当たりにし、初めて魔法薬学を面白いと感じた。

失礼な発言だが、今の生徒は恵まれている。その事を本人に伝えたときは『馬鹿にしているのか』と皮肉たっぷりネチネチ攻撃を受けるはめになった。


「我輩を睨み付けても仕事は減らんぞ」

「えっ、あぁいえ、仕事は歓迎しますよ。刻み終わりましたので、次は……」


チラリと机に視線を走らせ、調合の進み具合を確認する。


「眠り薬の材料を揃えてから、そちらの元気爆発薬の小分けでよろしいですか?」


スネイプからの返事はない。しかし、フンッと不満げに鳴らした鼻が合っていることを示すのを、リリーは知っていた。始めこそ指示されるままの操り人形だったが、最近ではしばしば先回りもする。

私はこの瞬間が好きだった。勝ったような、不思議な高揚感がある。

勝手知ったる研究室の薬材棚を巡り、リリーは順に材料を集めていく。




スネイプは薬の仕上げに取りかかりながら、しばしば彼女の背中を盗み見た。

助手として使うには申し分のない技量。こちらの動きを察して先回りする聡明さ。隠れ家のように地下を体よく使われていることを加味しても、余りある働き振りだと言える。




リリーが集めた材料瓶を手に机に戻ると、薬を作り終えたスネイプと目が合った。彼女は昂った気持ちのままニッコリと笑みを作る。まぁ作ったところで意味を為した例はないが。


「そこへ」


示された場所へ材料瓶を並べていく。スネイプが場所を移れば、代わりにリリーがそこへ立ち大鍋から瓶へと薬を移していく。

聞きたいことは山ほどあったが、私は静かに進む調合も好きだ。時折覗き見ては手技を盗もうと努めた。彼の横顔は生徒に対するときより幾分穏やかな気がする。不気味だと背ける人間も多いだろうが、彼はこの仕事が好きなのだと私は感じた。

自分の世界に没頭するスネイプの様子は、尚更リリーの口を噤ませる。

コトン、と元気爆発薬で満たした最後の瓶を机へ戻し、零れないようしっかりと栓をして、両手ですべての瓶を抱える。


「先に――」

「元気爆発薬を医務室へお届けします」


言葉の続きを無理矢理引き継ぐと、彼はあからさまに嫌そうな顔をした。

集中していても、スネイプ教授はしっかりと周りを見ている。マッド-アイ・ムーディの魔法の目を彼も持ってるのでは、と勘繰ってしまうほどの観察眼だ。


「ありがとうございます、スネイプ教授」


タイミング良く開いた扉の礼を言って、瓶を抱え直す。振り返っても彼はこちらを見ていなかった。《本》には記されない彼の優しさが嬉しい。例えこの優しさが私ではなく抱えた薬に向けられたものだとしても。




何段もある階段を登りきり、やっとのことで医務室へ到着する。ピーブズに会わなかったのは幸いだ。ベッドに臥せる生徒へゴブレットを手渡すマダム・ポンフリーを横目に、リリーは事務室へと直行した。指定の位置へ瓶を並べると、戻ってきたマダムと鉢合わせる。


「元気爆発薬の補充が終わりました」

「助かります、リリー。先程また一人患者が増えて、まったく……」


プリプリと怒りながらも手早くゴブレットに薬を満たし、颯爽とマダムはベッドへ戻って行った。いつ見てもパワフルな人だ。クスリと笑ってから、リリーも事務室を後にする。

スネイプ教授の研究室へ戻って様子を見てみようか。調合を代われるなら代わって、教授には他のお仕事を…と計画を立てながら医務室の扉を開けた。


「ポッター?」


扉の先にはクィディッチの練習終わりらしいポッターが立っていた。泥だらけのユニフォームに箒を持って、口をモゴモゴと動かしている。


「僕、ブラッジャーに当たって箒から落ちたんです。大丈夫だって言ったんですけど、ウッドが行けってしつこくて……それで……」

「念のため診てもらおうか。スコージファイ(清めよ)。さ、ベッドへ」


泥を落として空いているベッドを指す。ポッターがそこへ向かう間にマダムを呼びに行くが、どうやら今は手が離せないようだった。

怪我の確認だけ先に私がしておくべきか…。癒者の資格を持たない私が勝手に治療する気はないが、今のポッターを待たせるとそのうち帰ってしまいそうだ。彼にはいくつか聞いておきたいこともある。


「ポッター、怪我をしたのはその腕だけ?」

「はい」


露になった左上腕には大きな痣と広範囲の擦り傷が出来ていた。これでは服が擦れる度に痛いだろうに。そんな表情を少しも出さずポッターはベッドに座っている。


「力を入れたり動かしてみても変に痛まない?…そう。少し触るよ……痛い?……そう。うーん、これなら塗り薬であっという間だと……あ、マダム!」


ポッターの様子を窺いながら、骨は大丈夫そうだと自分なりに結論付けたとき、視界を横切るマダムに気がついた。手招きして空のゴブレットを受け取ると、マダムが診察してくれる。


「打撲と擦り傷用塗り薬で構いませんか?」

「ポッターは任せましたよ」


肯定するようにポンポンと肩を叩かれ安堵した。あれこれと腕を弄られ呻くポッターは可哀想だったが、私は心でガッツポーズをする。


事務室から薬を用意し、ポッターの左へ腰かける。「痛むよ」と声をかければ、彼の表情が強張り手に力が入る。塗ったそばから治っていくとはいえ、一瞬傷口を撫でられるのだ。それなりに痛いだろう。リリーは気を逸らせるという名目の元、世間話を始めることにした。


「クィディッチの練習は順調?」

「はい」

「そんなに警戒しなくても偵察じゃないよ」

「あ、えーと……ウッドがそういうの煩くて」

「じゃあ話題変えようか。……暴れ柳の包帯が最近取れたの、見た?」

「……はい」

「あれ?朗報じゃなかった?そんな暗い顔しないでよ」

「折れたのは僕たちのせいです」

「あのときはウィーズリーと一緒だったっけ。夏休みに遊びに行ってたの?」

「はい、1ヶ月ぐらい」


次々に話題を変え三つ目になったとき、ようやく当たりを引いた。二人して固い表情が少し和らぐ。


「良いね、楽しかったでしょ」

「はい!あの、先生。先生の家ってどんな感じですか?あー、僕、魔法使いの家ってロンの家しか知らなくて」

「どんな、か……私の家はマグルと並びで、一階は店舗」

「店?」

「そう、古書店。今は休業中だけど。二階が居住スペースになってて、マグルが使うようなものは何もないよ。あー、電気?そういうの。……さ、治った。ほら、押しても痛くないでしょ」


手早く薬を片付けながら微笑む。ポッターはしばらく腕を確かめてから、ひょいとベッドから降り立った。


「ありがとうございました、エバンズ先生」

「どういたしまして」


箒を引っ掴みそのまま飛び乗りそうな勢いで駆けて行くポッターの背中を見送る。

聞きたいことの半分も聞けなかった。薄々感じてはいたが、この年頃の子供相手に勉強以外の話題はとんと苦手だ。学生時代、取り分け低学年の頃はまともに挨拶すらした覚えがないのだから当たり前か。

言い訳を盾に自分を慰め、ため息をついた。


ポッターは1ヶ月ぐらいウィーズリーの家にいた。日刊予言者新聞に載ったフローリシュ・アンド・ブロッツ書店でのロックハートとの握手や、空飛ぶフォード・アングリアの記事からして、恐らく夏休みは《本》の通りに進んだと言えるだろう。

なら、このざわざわとした胸のつっかえはなんだ?私という異分子がホグワーツに入り込んだことに対する杞憂なのか?

考えたところで答えが出るはずもない。今は自分の仕事に専念するしかなかった。

マダム・ポンフリーに断りを入れ、目指すは地下への階段。魔法薬に興味が出る前から、調合に集中出来る環境は好きだった。頭から何もかもを閉め出してしまえる。今はただ、如何にカノコソウの根を均等に刻むかだけを考えていたい。







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