114 閉心術


《本》の予言通り、アンブリッジが校長に就任した。

私はまた、行動を起こすつもりでいる。


「ウィーズリー!」


振り返ったのは赤毛の双子だった。私が彼らを呼ぶときはいつも叫んでいるような気がする。そうせざるを得ない言動を彼らが頻繁に行っているからに違いないが。

キッとリリーが睨み付けると、二人は両手を開き、お互いを見合せ肩を竦めた。

双子の目の前には姿をくらますキャビネット棚、そして足元にはモンタギューが蹲っていた。


「モンタギュー、立てる?怪我は?」


呼ばれた男の子はガバリと身体を起こした。黒地に緑をあしらったローブに「I」マークの尋問間親衛隊バッジをつけた彼は憤怒の形相で双子を睨み付けるとリリーの手を払い除け立ち上がる。


「グリフィンドール、50て――」

「モンタギューは医務室へ行った方が良い。二対一で弱い者いじめを行うなんて、グリフィンドールの風上にもおけないよ。ウィーズリーへの処罰はマクゴナガル教授に委ねます」


リリーはモンタギューの言葉に被せるように捲し立てた。決して遮るつもりはなく、むしろ彼を労りたいのだと全身で示す。

そういう振りをした。

モンタギューはカッと顔を赤く変えた。閃光のように走ったそれはギョロリと双子からリリーへと目玉を動かす。


『弱い者いじめ』


リリーは確かにそう言った。それがプライドの高いスリザリンの人間にとって、モンタギューにとって、どういう効果をもたらすか。だからこそ敢えて彼女はその言葉を選んだ。モンタギューを救いながら双子の退学も避けるために、一番効果的だと判断して。現に彼は標的を双子からリリーへと変えた。

しかしモンタギューにとって彼女は教師の一人であり減点出来なければここで杖を抜くわけにもいかない。復讐に燃える目をギラギラと彼女に見せつけて、彼は足を踏み鳴らしその場を去った。


「さて」


モンタギューの姿が見えなくなるやいなや笑い転げる双子にリリーが向き直った。腰に手を当て片眉を上げ、説教だと言わんばかりのポーズをとるが、二人は依然として目に涙を溜めている。


「まさかエバンズ先生がここまで分かるお人だとは!」

「わざとでしょう?『弱い者いじめ』!」

「あれなら奴さんもアンブリッジに告げ口なんてしないんじゃないか?」

「僕『弱い者いじめ』されました、助けてー!なんて言えるわけがない!」

「二人とも」


冷えきったリリーの声に二人の笑いもようやく止まる。


「このキャビネットが壊れていることは知ってるね?そこへ入れることがどれだけ危険なことか、きちんとマクゴナガル教授に教えていただくと良い」

「そんな!」

「本当にマクゴナガル女史に?!」


リリーは頷く代わりに二人の腕をむんずと掴んだ。そしてマクゴナガルの私室へ向かって歩き出す。


「今度こそ不味いぜ、フレッド」

「そのようだ、ジョージ。だが我々はもう一つ二つ打ち上げなければ」

「あぁ、華々しさが必要だ」

「フレッド、ジョージ」


リリーは初めて二人の名を呼んだ。どちらがどちらかは未だに分からないが、そんなことはどうでも良い。呼ばれた二人は顔を見合せ目線を下げて、彼女の顔を覗き見る。


「気を付けて。本当に。無茶をするのがあなたたちなのは分かってるつもり。でも、あなたたちを心配している存在がここにもいることを忘れないで」

「ならきつーく叱られないよう心配してくれるべきじゃないか?」

「まぁ俺たちに何かあっても、先生からの頼み事はリーに引き継いであるからさ」


二人はリリーの鬱々とした声色を掻き消すようにニヤリと笑う。『頼み事』と言いながら、フレッドが羽根ペンで書き取り罰をするジェスチャーをして、ジョージが左手の甲が痛む振りをした。

リリーはフッと呆れた笑いを溢す。それは嫌なものではなかった。ムードメーカーな彼らの才能に空気を柔らかく変え、それでも彼女はマクゴナガルの部屋への歩みを止めはしなかった。






翌日。

私がモンタギューを救ったことで一つ起こらなくなった予言がある。マルフォイがスネイプ教授を呼びに来て、一人研究室に残されたポッターが憂いの篩で教授の過去を覗き見ることだ。

守りたい人の苦々しい過去。

誰彼構わず言いふらしたいものではない。

それを私も本人の承諾なく勝手に《知って》しまっている。言い知れぬ罪悪感が心を蝕んだ。

ポッターに見られることによって、どれだけ教授の心が痛むだろう。捻れ、引き裂かれ、火を圧し当てられるよりも痛ましい。


ポッターに見せたくない


しかしポッターが記憶を盗み見ることで大きく動くものがある。ポッターの閉心術訓練の中断だ。

本来ならば、中断されるべきではない。それはスネイプ教授も良く分かっているはず。閉心術がどれだけ大切で、どれだけ例のあの人から身を守ってきたか。一番理解しているのは彼自身だ。

しかしそれでも、彼は訓練の中断を言い渡す。


私は《本》の予言を読み取る中で、疑問に思ったことがあった。大した意味はないのかもしれないが、それでも用意周到で神経質なまでに繊細なスネイプ教授には似つかわしくない行動。それは私に一つの疑念を抱かせた。


彼はポッターが憂いの篩に興味が向くよう仕向けていたのでは?


ポッターが訓練のため地下に下りる時間は決まっている。にも拘らず、スネイプ教授は彼の目の前で記憶を抜き取って見せた。憂いの篩を机に放置した。

予め退けておくのではなく、見せつけるかのように。

散々示されてきたポッターの好奇心を擽るかのように。


閉心術の訓練が始まってからも私は何度もスネイプ教授の研究室へ足を運んだ。訓練のあるその日に研究室へ入ったこともある。

しかし私は憂いの篩を見たことがない。

抜き取った記憶を訓練後に戻していたことから、その都度ダンブルドア校長へと返却していた可能性は高いが。

とにかく、私にはその片鱗も見せていないのだ。

彼には自分の不利になるすべてを隠し通せる器用さも、狡猾さも、明敏さもある。見られたくない記憶があるとポッターに悟らせることなく進めることなど容易いはずだった。

ならば何故か。

答えは一つだ。訓練を止める必要があった。不自然でなく、断固たる意思を示せる何かで。

ポッターの見るものすべてが例のあの人に筒抜けである最悪のパターンを考慮するなら、いつまでも閉心術の訓練を続けていられるわけがない。直接何らかの指示があった可能性もある。

スネイプ教授は、例のあの人に忠実なスパイでなくてはならない。

ならばやはり、ポッターは憂いの篩で記憶を見るべきなのだ。




夕方、リリーは玄関ホールから地下へと下りるポッターを見送った。

夕食までは間のある時間、アンブリッジと尋問官親衛隊の徘徊であまり廊下には人がいない。そんな中リリーは城をさ迷い歩き、マルフォイを見つけた。彼は珍しく一人で、真っ直ぐ彼女の潜む方向へ歩いてくる。

リリーはポケットから小瓶を取り出した。

タプリととろみのある液体が揺れる。黒ずんだ深緑色をした小瓶の中身は、所謂毒薬。

馬鹿げた方法であることは承知の上。リリーにはスネイプがポッターに構うことなく研究室を飛び出すように仕向ける手立てが他に思い付かなかった。生徒を犠牲にしないためには自分の身を削るしかない。

マダム・ポンフリーがスネイプ教授に協力を仰ぐくらいには強力で、すぐに死ぬようなものでも聖マンゴへ送られるほどのものでもない。そういうものを自分で調合した。

培ってきた魔法薬の技術をこんなところで発揮することになろうとは。


「よし……」


覚悟を決めて蓋を開ける。

口を開け、腕を上げようとしたとき、ボソボソと背後で何者かが呟いた気がした。


「う、ぁあああぁああぁぁ!!!」


一瞬のことだった。全身に燃えるような熱と痛みが駆け巡った。

手から離れた小瓶がパリンと床で弾け、その中身を撒き散らす。リリーは膝から崩れ落ち、痛みから自身を救うため、プツリと意識を途切れさせた。







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