108 両面鏡


新学期前日。リリーは朝からホグワーツの校門前にいた。厚いマントにレイブンクローカラーのマフラー、ドラゴン革の手袋という厳重な防寒対策でただひたすらに夜の騎士バスの到着を待つ。


バーンッ


突然現れた三階建ての紫は、リリーのすぐ脇に止まった。門に背を付けていたにも関わらず、1メートルも離れていない。

リリーがバクバクと立ち騒ぐ心臓を落ち着けていると、プシューッと圧縮空気を排出するエアー音がして、タラップから重そうな荷物を抱えた生徒たちが降りてきた。


「エバンズ先生?」


先頭にいたポッターがいまいち確信を持てずに首を捻る。リリーは顔を殆んど覆っていたマフラーをずらし、にこりと歓迎した。


「馬車を二つ用意したよ。私はいいから乗ったら行って」

「ありがとうございます」


生徒は口々に礼を言って、馬車へと乗り込んだ。残ったのはリリーとルーピンとトンクス。リリーはまず見知った顔のルーピンに手を差し出した。


「ちゃんとご飯食べてる?」

「まぁそれなりにね。今は一人じゃないから」


二人は握手して身を寄せ合い、お互いの背や肩を叩いた。


「リーマス、そちらが?」


ワクワクと痺れを切らしたようにトンクスが急かす。早く紹介してくれと黒い瞳をキラキラ輝かせていた。


「あぁ、彼女がリリー・エバンズ。ホグワーツで助手をしてる」

「ただの雑用係さ。よろしく」

「こちらはニンファドーラ・トンクス。闇祓いで七変化だから、いつもはもっと若いよ」

「トンクスって呼んで。色々話は聞いてるよ。本部に来ないしメンバーじゃないけど同じようなもので……補欠?」

「まぁ、そんな感じかな」


よく分かっていない顔で首を傾げるトンクスに、リリーは曖昧に笑い、肯定した。


「私、シリウスへの吼えメール聞いちゃった。あれは最高だったよ!」

「トンクス、彼女は世間話をしに来たんじゃない」


「はーい」と間延びした返事をして、トンクスが口をつぐんだ。その光景にリリーはクスクスと微笑ましさが込み上げる。


「リリー、シリウスからだよ」

「ありがとう」


リリーはルーピンから手のひらサイズの包みを受け取った。不恰好に包まれただけのそれの感触を確かめると、薄い板のようなものだった。


「くれぐれも――」

「シリウスを外へ誘うようなことはしない。どんなに本人が不服でも、私も彼を守りたいからね」

「あぁ。あと――」

「ポッターでしょ?ただ例の集会もスネイプ教授とのことも、私には見守ることしかできないと思うよ」


ルーピンの言葉尻を引き継いでリリーが返す。ルーピンは「敵わないな」と笑って、目に真剣さを灯した。


「それもだけど、ダンブルドアは君のことも心配していらっしゃる。私には知らされていない君の何かをね」

「ホグワーツにいる私より、リーマスの方がよっぽど危険だよ。あ!私ね、リーマスの薬を調合できるようになったんだ。スネイプ教授にみっちり仕込まれてね」


暗い雰囲気を吹き飛ばそうと、リリーはわざと明るく声をあげた。にっこり得意の笑みを作って不安を払い除けるようにルーピンの肩を叩く。


「リーマス、そろそろ戻らないと」

「あぁ、そうだね、うん」


チラリとトンクスを見て、ルーピンは再びリリーへ視線を移す。このまま誤魔化されて良いものかと迷っているようだった。


「またね」

「……また」


リリーの発した次を感じさせる別れに、ルーピンはゆっくりと瞬きをして、同じく曖昧な次を約束する。躊躇いは、微笑みに変わっていた。


リリーが校門を跨ぎ振り返ったとき、そこにはもう誰もいなかった。新雪に邪魔され薄れかけた車輪の跡を追って、リリーも城へと辿る。シリウスからの贈り物を胸に抱き、望む未来へと一歩一歩歩を進めた。




城へ戻るとリリーは自室の下へと螺旋階段を伝い、包みを広げた。キラリと背後の松明が写る。


『これは両面鏡だ。私の持つものと対になっていて名を呼べば話ができる。ハリーにも渡した。君の持つものと彼の持つもの、元は1つだった。だが話ができるのは私が持つものとだけだ。尤も、君はいつでも好きなときにハリーと話ができるがね』


リリーはカサリと音を立て、同封されていた羊皮紙を火にくべる。羨望と妬みともどかしさが最後の一文に詰まっていた。アンブリッジの目を盗んで話すのはなかなか骨の折れることではあるのだが、シリウスからすれば大した障害ではないのだろう。


「シリウス」

「――リリーか」


鏡に向かって名を呼べば、待っていたらしいシリウスの落胆した声がした。


「最初にこんなことを言うのも悪いけど、たぶんポッターは鏡を使わないと思うよ」

「何故そう思う?」

「彼がシリウスのことを大切に思ってるって知ってるから」


シリウスは黙り込んだ。『むっつり病』ウィーズリー家の母親が名付けた彼のこの状態に、リリーはやれやれとため息をつく。


「ポッターが鏡を使わないなら、私は心置きなく鏡を使える。喜んでいるのが私だけで嬉しいよ」

「クリスマスカードに書いてただろ。スニ――ネイプを寄越して。私との極秘の通信手段がほしいってのは何故だ?それに……そこはどこだ?」


スネイプの蔑称をギリギリ呑み込んで、シリウスが声のトーンを落とす。不審に思いながらも今こうして話せている現状にリリーは感謝をして、きゅっと口角を引き上げた。


「招待するのはシリウスが初めてだよ。ようこそ、私の秘密基地へ」


リリーは鏡を裏返し部屋全体が見渡せるようにぐるりと回した。松明に照らされたテーブルや本棚、調合器具、中身の詰まった広口瓶が何本も並べられている。


「地下牢か?」


シリウスの第一声は初めてこの部屋を見つけたときのリリーと同じ印象だった。集められた調合器具がより一層かつて学んだ地下牢教室を彷彿とさせたに違いない。


「まぁそんなとこ」

「そこで何してる?」

「色々、かな。魔法薬の研究や呪文の練習。ここは私がこっそりと頑張るための部屋だよ。そしてそれを、シリウスにも手伝ってほしい」

「この鏡男に?」

「可愛い黒犬くんに」







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