107 クリスマス


パチリとリリーが目を覚ます。30センチと離れていないすぐそばに、大きな緑の目玉が二つ浮いていた。


「――っ!ドビー……」

「メリー・クリスマス!ドビーはリリー・エバンズにプレゼントを持ってきました!」


微睡む間もなく飛び起きたリリーに悪びれもせず、ドビーは絵を差し出した。


「ありがとう」


紙いっぱいに稚拙な絵が並んでいたが、真ん中に大きく描かれていたのは自分だと分かった。髪色も目も私そのもので、絵の中の私は笑っている。そのすぐ右にいるのがドビー。これは明らかに人ではなかった。

面白いことに紙にはあと二つ顔がある。一つは顎まで伸びた長い黒髪の不機嫌そうな男。もう一つは私と同じく笑顔だが、顔を横切るように線が引いてある。私はこれらが誰であるか、すぐに分かった。


「リーマスとスネイプ教授も描いてくれたんだ?」

「彼らはいい人です!リリー・エバンズとも仲良くしています!」


ドビーがぴょこぴょこと跳び跳ねてあまりにも嬉しそうに言うものだから、私の胸もどんどん熱くなった。じんと震わせた心のままに微笑んで、未だ跳ねるドビーの頭を撫でる。それから杖を振って寝室の目立つ壁へと絵を貼り付けた。


「私からもプレゼント」


リリーはドビーへベストを手渡した。


「これは服の下に着ておくものだよ」

「ですがそれでは見えないのでございます」

「服は外から見えるものばかりじゃないんだ」


首を傾げてはいたがドビーはずっと笑顔だった。いそいそと以前リリーの贈ったシャツを脱ぎ、ベストを着る。それをリリーに十分見せつけてから、シャツを着込んだ。


「ずっと着ててくれる?どんな日も」

「もちろんです!」


プレゼント交換を終え、軽い足取りで姿を消したドビーにリリーはホッと息をつく。

リリーがドビーへのプレゼントに選んだのは防刃ベストだった。迫る未来で、ベラトリックス・レストレンジの投げたナイフに奪われる最期を見過ごすわけにはいかない。しかし自分がその時その場所にいるとは思えなかった。だからプレゼントに思いを託す。

決して安い買い物ではなかった。きっと屋敷しもべ妖精へ渡したもので魔法史史上最高額だろう。だが躊躇いはない。今の私に出し惜しんで財産を残す気など更々なかった。

サイドテーブルの引き出しから使い込まれた手帳を取り出すと、杖を当てた。閲覧制限のかけられたこの手帳はリリーの杖でだけ読むことが叶う。

ペラペラとカレンダー欄を飛ばし辿り着いたのは真っ黒になったリスト欄。リリーはそこの『ドビーへの防刃』と書かれた行に打ち消し線を引いた。

やり始めたばかりのリストはまだまだ未達成だらけ。いつかこれすべてに線を引くことが出来たなら、その時は、私の望む未来になっているはず。


いや、してみせる


リリーはグッと背伸びをしてベッドから下りた。窓からは僅かな明るさだけが入ってきている。相変わらず外は陰鬱とした灰色と白色の斑。吹雪いてはいないが雪が風に流され傾斜をつけて舞い降りていた。


隣室は既に暖まっていた。ごうごうと燃え盛る暖炉のそばで、テーブルに乗ったカラフルな包装たちがリリーを誘う。少し離れて置かれたマグカップからはコーヒーの良い香りが漂い、リリーは働き者の友に感謝をして取っ手に指を絡めた。

ダンブルドア、ルーピン、シリウス、グレンジャー、去年と変わらない面々からの贈り物に、リリーは顔を綻ばせる。順に開け、予想していた人たちの包みはすべて終えてしまった。

なのに、まだひとつある。

古書店か、それ以前の知人か。こういったときの贈り物はリリーにとって大抵が面倒なものだった。それでも念のために送り主だけはチェックする。それに《呪い》の影響で言い寄ってくる相手にしては、箱に添えられていたのはクリスマスカードではなくどう見ても羊皮紙の切れ端だった。


『試験は1月4日、午後2時より執り行う。 S.S』


送り主を確認するまでもない。整った印字のような筆跡に、ぎゅっと胸が締め付けられた。顔が一気に火照り、全身の水分が沸騰してしまったようだった。

クリスマスの欠片もないそのメモを、リリーは何度も何度もなぞる。このメモがどんな形をしていようと、引き連れていた箱はクリスマスプレゼントに違いなかった。

リリーは緊張でリボンを解く動作一つにも時間をかける。そんな自分に苦笑いして、ようやく蓋を開けた。






アンブリッジの圧制から逃れるようにクリスマス休暇は静かなものとなっていた。3年前、秘密の部屋が開かれた年と同じような静けさだ。しかし蓋を開けてみればアンブリッジは帰省中。これには城に残った全員が安堵した。


廊下は金のモールで彩られ、大広間に近付くにつれ量が増した。大広間は12本のクリスマスツリーが並び、そのどれもを粉雪の白と赤や青のボールが盛り上げる。天辺には金色の輝く星が突き刺さっている。

クリスマス・ディナーは二十名にも満たない少数で、大広間の一つのテーブルを囲んで行われた。

リリーがダンブルドアとクラッカーを引っ張ると、中からジョークの紙や光る風船が飛び出した。大きなヒキガエルがレイブンクローの六年生の頭へと飛び出したときは一騒動起きてしまったが、なんとも楽しいパーティとなった。


一人また一人と大広間を去っていく。

スネイプはその二番目か三番目で席を立った。

酔っ払った同僚の相手など真っ平だ。絡みの矛先が自分へ向かないうちに去るのが得策である。それでなくてもパーティだの祝いだのの席は苦手だった。にこりともする気のない自分には不釣り合いな場であることくらい自覚している。人数が少ない分、自分が一層浮いて感じた。


スネイプは自室へ戻ると暖炉へ火をおこし、部屋を暖める間にシャワーを浴びた。ナイトローブへ手を伸ばし、時計を見ていつものローブへと変える。まだ寝るような時間ではなかった。


それに――


コンコン、と自室の扉が叩かれた。スネイプは自身の想像通りとなったことにほくそ笑み、扉を開く。相手は律儀に名乗りをあげたが、そんなもの聞くまでもない。


「スネイプ教授、呑み直しませんか?」


リリーだった。手には大切そうにワインボトルを抱え込んでいる。スネイプは無言でそれを取り上げ、部屋へと引っ込んだ。背に扉の閉まる音と自身へ近づく足音が聞こえ、スネイプはまた口角を上げる。

彼女が持ってきたワインはつい1日前に自分が手に入れたものだ。勝手に贈られたプレゼントのことなど考える質ではなかったはずが、ふらりと寄った店で偶然目にしたこのワインに引き寄せられるままに手が伸びた。


『来年も、こうして呑みたい』


そう呟いた彼女の声が昨日のことのように蘇る。そして店主と目が合い買ってしまった。


「覚えてくださってたんですね」

「はて、何のことやら」


そう言いながらもスネイプは暖炉近くの床へクッションを出し、どかりと座った。その隣にはもう一つ、空けられたクッションがある。リリーはそこへ座るとクスリと笑った。

1年前と全く同じシチュエーション。スネイプが覚えていないはずがなかった。違うのは、リリーがドレスでめかし込んでおらず、スネイプのローブもいつもと何ら変わりないものであることくらい。

暖炉前のこの場所も、敷かれたクッションも、用意されたワインのラベルまでもが同じだった。

お互いのグラスを掲げて寄せる。


「クリスマスに」

「……クリスマスに」




他愛ない話をした。堅苦しい、しかし途切れることのない話だった。クリスマスらしさはなく、男女間にありがちなものもない。

そもそも我々はそういった仲ではない。

しかし酒に浮かされただけではない彼女の瞳の揺らめきが、不意に近付いた拍子に香る石鹸の香りが、どうしようもなく自身の劣情を掻き立てる。奥底に沈ませるまでもなく湧き上がろうとしなかった欲求が、彼女の手にかかればいとも容易く吸い上げられた。

お互い大人で、割り切っている。

自分が部屋へ戻って真っ先にシャワーを浴びたのは、これからを期待していたからに違いなかった。

何だかんだと頭で考えることが馬鹿らしいほどに、我々は回数を重ねている。得るもののない、吐き出すための行為を。


ふわりと笑う彼女からワイングラスを奪い去り、控えめに色付けられた唇へと自分のそれを重ねる。


「リリー……」


夜だけは、リリーはうわ言のようにスネイプを名で呼ぶ。しかし彼が呼んだのはこれが初めてだった。

首へ回されていた彼女の腕にピクリと力が入り、熱に染まった息が漏れる。色付き始めていた頬を強く咲かせたその姿に、恍惚と浮遊するような支配欲が疼き、スネイプはリリーの耳へと唇を寄せた。

そしてただ、欲のままに再びその名を口にする。


「リリー――」




どんなに素晴らしい夜を過ごしても、その日のうちにリリーは部屋へと戻る。心に刻まれた熱が鍋底の焦げよりもしつこくこびりついたまま。それでも彼女は何でもない振りをして、スネイプの部屋から出ていった。







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