106 砂時計


襲われた翌日にはアーサー・ウィーズリーは話が出来るまでに回復した。大丈夫だろうとは思っていたが、ダンブルドア校長の口から直接そう聞いて、私は心底安心した。

アンブリッジは色々と喚いていたが私もスネイプ教授も自分は関与していないと振る舞うことでとばっちりを受けずに済んだ。






ダンブルドア校長の報告に安堵した翌日。《本》の予言を追う中でウィーズリー氏のために出来ることが私にも一つ残されていたことに気づいた。


『研修癒のオーガスタス・パイ氏がマグルの治療法に大変関心があると耳にしました。意欲ある若者の行動力は賞賛すべきものですが、くれぐれも、主治癒の許可を得てから行うようご指導ください。たとえ患者が望んだとしても、無謀なことはなさらないよう』


リリーは簡潔に用件だけを書いた羊皮紙をくるくると丸めて封をした。




ふくろう小屋は相変わらずの糞だらけでそこかしこに羽根が落ちていた。時折強い風が吹いたときは口を覆わなければならなかった。吹き込んだ雪が溶けて凍り、階段は恐ろしい罠のようだ。しかし一度中に顔を出せば、古書店から居場所を移したワシミミズクが二羽舞い降りる。リリーはそのうちスピード自慢の方へと手紙を託した。


「気を付けて。任せたよ」


宛先は馴染みの癒師だった。勘の良い彼のことだからきっと私の言いたいことを察してくれるだろう。

頼もしく一鳴きして、ふくろうは羽ばたいていった。リリーは残ったもう一羽を擽るように撫でる。


「ごめんね、クリスマスプレゼントはもう渡し方を考えてあるんだ」


ふくろうは拗ねたように強めの甘噛みをして、届かない小屋の上方へと飛んでいってしまった。リリーは苦笑してそれを見送る。ピタリピタリと雪が頬に貼り付いて、彼女は身体を震わせふくろう小屋をあとにした。






クリスマスの前日、リリーは朝早くから地下を訪れていた。もちろんスネイプに会うためだ。

冷えきった廊下をマントで遮断し、白い息を後ろへ送り出す。コンコンとノックをすれば、ゆっくりと扉が開き、まだどこか眠たげな気怠さを残したスネイプが顔を出した。


「おはようございます、スネイプ教授」

「おはよう……何だ、朝早くから」

「今日はお出掛けになると伺いまして」


スネイプの眉間が瞬時に寄った。目も幾分かぱっちりと開き、今度はわざとその目を細めてリリーを睨み付ける。にこやかで機嫌の良い彼女の様子が自身にとっても良いものであるとは思えなかった。

スネイプは今日、グリモールド・プレイスへ顔を出すことになっている。

自身の目的地から、廊下でする話ではないだろうと、スネイプは扉を大きく開けた。リリーはにんまりとした笑顔のまま礼を言って、するりと入る。

向かい合って座ったソファの間にあるテーブルには、まだ二口も飲まれていない紅茶と読みかけの日刊予言者新聞が置かれていた。出発時刻を知らないとはいえ、流石に早く来すぎたようだと反省するリリーを余所に、スネイプはティーカップを呼び寄せ彼女にも紅茶を淹れた。


「その荷物は何だ?」


リリーが一口紅茶を楽しむのを待ってから、スネイプは彼女の傍らに置かれた包みを顎で指した。眉間が悲鳴を上げている元凶だ。スネイプは夏にもグリモールド・プレイスへ向かう自分がふくろう代わりにされたことを思い出していた。


嫌な予感しかしない


「みんなへのクリスマスプレゼントです。あー、本部にいる、みんなの」


リリーは膝へ乗せた荷物から視線を上げ、チラリとスネイプを窺った。サンタになってほしいと言っているようなものだ。誰よりも似合わないこの人物に。

スネイプは「やっぱりな」と言わんばかりに長く息を吐き出した。持っていたティーカップをカチャリとソーサーへ戻し、ソファへ背を付ける。眉は疎ましげに寄せられたままだった。


「我輩はふくろうではない」

「日に日に監視の強まる中、あそこへふくろうを送るわけにも行かず……」

「ならば贈るのを止めては如何かね?或いは、ご自分の足をお使いになるとか?」

「それだけはできません」


歯切れの悪いリリーの口調がきっぱりと強まった。明かされない彼女の秘密にスネイプの口角が下がる。そんなスネイプの様子に彼女の顔も曇るが「あっ!」と声を上げてポケットへと手を伸ばした。


「スネイプ教授にも、1日早いですが受け取っていただけたらと」


それは手のひらサイズの箱だった。銀色の控えめな輝きを放つ美しい包装に深緑のリボン。リリーはテーブルへ置いたプレゼントをスッとスネイプへと寄せた。


「物で釣る気か?それとも荷物を運ばせるからにはと気を使ったのかね?」


スネイプはチラリと小箱を見ただけで、触れようともしなかった。リリーの顔には陰りが出たが、それを覆い隠すような曖昧な笑みを浮かべて見せた。

どちらでもなく、ただ贈りたかっただけなのだと言えずに。


「ダメなら、諦めます」


あれだけ突っぱねようとしていたにも関わらず、スネイプは大きな包みを抱え悲しげに顔を伏せるリリーに罪悪感が燻り始めたことに気づく。夏と同じだった。

引いて見せるのも計算のうちで、上手く転がされているだけ。そう頭の片隅で理性的な自分が達観している。しかし一方では、これだけの荷物を運ぶことに何故これほどまで躊躇する必要がある?ものの次いでではないか。と欠片ほどの善が囁いていた。

スネイプは短く息を吐き出し、両者に決着をつけた。


「この休暇中に脱狼薬の試験を行う。こんなものを用意する余裕があったならば、当然満足のいく結果を見せてもらえるのだろうな?」

「え、あ、はい。それは勿論、頑張ります」


脈絡なく切り出された話題にリリーは虚を衝かれたじろいだ。いきなりの試験に不安がないと言えば嘘になる。しかし無茶だと思わないくらいの自信はあった。それを分かっていたからスネイプも試験を提案したのだ。

しかし実のところ彼にとっては試験の話こそもののついでだった。何かワンクッション置かなければ一度弾いたものに再び触れるなど出来ない。

スネイプは自分の面倒臭い性格に辟易した。


「我輩が求めるものは努力ではない。結果だ。分かったらそれを置いて出ていきたまえ。出掛ける準備をする」


リリーは身体全体で喜びを表して、元気の良すぎる返事と礼を言って部屋を出ていった。

残されたスネイプはソファに置かれた荷物を一瞥し、自身のカップの側に置かれた小箱に手を伸ばす。シュルリとリボンの解ける滑らかな音が耳を掠めた。

戯れにダンブルドアやルシウスから俗にプレゼントと呼ばれる小包を受け取ることがあった。これもそれらと大差ないはずだというのに、不思議と胸が高鳴る。不安と緊張を掻き消すほどの期待。


閉じた目を蓋と共にゆっくりと開く。

入っていたのは砂時計だった。

上品なデザインの外枠は黒檀で、手に取るとしっくりと馴染む。持って使うものではなかったとテーブルへ置けば、さらさらと深緑や黄緑のマーブル色をした砂が螺旋を描きながら落ちていく。新緑の草原のような、美しい光景だった。

ダイヤル付きで落ちる時間を変えられる実用性が、日頃調合で砂時計を使っている彼女らしさを垣間見せる。試しに捻ってみると、オリフィスがグググと狭まった。

スネイプは黒檀の支柱をするりと撫でると、砂時計を掴み研究室へと移動した。そこには既に砂時計がある。自身が教授職に就いたときから使い続けてきたものだ。しかしここ数ヵ月は砂の滑りが悪く時を正確に刻まない場合があった。自分は体内時計と鍋の様子で多少の誤差は補える。しかしいつからか彼女はここへ砂時計を持ち込むようになっていた。

私へのプレゼントだと言いながら、実のところは自分のためでもあるのだろう。

スネイプは握りしめていた黒檀の砂時計と、机上の年期の入った砂時計を入れ替えた。

プレゼントに彼女の思惑を察しても、嫌な気はしなかった。たとえ彼女が自身で使うつもりで贈ったものだとしても、この砂時計のデザインだけはスネイプを思って選ばれたものだと分かった。黒檀の外枠も、スリザリンを示す緑の砂も、余計な装飾のないデザインも。


「相変わらず律儀なやつだ」


誰もいない地下研究室でポツリと溢したスネイプの心は、彼の頑固な口角と共にふわりと上がっていった。







Main



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -