104 教師


グリフィンドール対スリザリンのクィディッチ戦はグリフィンドールにとって悲惨な終わりとなった。

リリーはフーチよりも早く妨害の呪文を唱えてウィーズリーの双子の片割れとポッター二人の動きを止めた。しかしポッターの一打目はマルフォイの頬を掠めてしまった。怪我はないに等しいが、アンブリッジは意気揚々とグリフィンドールからシーカーとビーターを奪っていった。




その日の夜、リリーは夜間の見回りの振りをして、三階の窓からハグリッドの帰還を待った。のっしのっしと森から出てきたハグリッドが小屋を暖め、三人分の足跡が雪に現れるのを見届けて、リリーは階段を駆け下りる。


「エバネスコ(消えよ)」


雪はなだらかに変わり新雪の様相を呈した。これでアンブリッジが足跡に不信感を覚えることはない。リリーは隠れてアンブリッジと三人の生徒がハグリッドの小屋から去るのを待った。




「ハグリッド!リリーだよ、入れて」


ポッターがそうしたように、リリーも鍵穴からハグリッドに呼び掛けた。扉はすぐに開かれる。


「リリー!入れ、さぁ、お前さんのことが気にかかっとった」


ハグリッドが扉を閉めるやいなや、リリーは彼の大きな胸に飛び込んだ。彼のベストに染みたドラゴンの血がぐちょりと音を立てる。


「ごめんなさい、疲れてるのに。ちゃんとお礼も言えないまま旅に出ちゃったから。少しでも早く会いたくて」

「それじゃあ、お前さん、もう?」

「元気だよ、心身共にね。あのとき引き上げてくれてありがとう。あと、心配かけてごめんなさい」


身体を離したリリーが申し訳なさそうに肩を竦めると、ハグリッドがバンバンと豪快に彼女の肩を叩いた。リリーはその勢いによろめき椅子へと手をつく。


「ファングは私の部屋にいるんだ。明日連れてくるよ」

「あぁ、助かった」

「で、その傷は?私の薬を持って行ってくれたと思ったけど……」


今しがた傷付いたばかりなのだろうか。リリーは痛々しいハグリッドの顔に、腕に、表情を曇らせる。無数の切り傷と目元の青痣、折れた歯。一つ一つ確認しながらリリーはポケットから薬瓶を取り出した。


「あー、お前さんの薬はその……人にやっちまって……」


リリーは目を見開いた。譲れるような相手がマダム・マクシームくらいしか思い至らない。しかし彼女はそれほど怪我もなく帰ってきたと聞いている。リリーは素早くハグリッドに薬を垂らしながら眉を潜めた。


「マダム・マクシームに?」


ハグリッドは訳知り顔なリリーにどう伝えようかと悩んだ。ダンブルドアに会う前に彼女が来た。リリーが騎士団員なのか違うのか、どこまで関与しているのか、ハグリッドには知る由がなかった。かといって自分のために用意されたものを人に譲ってしまったことに対する罪悪感は大きい。


「いんや、他のやつだ。傷に付けてやると忽ち治った。そいつもえれぇ喜んどったな。うん」


リリーが煎じた傷薬は誰にでも効果があるものではない。『治った』という彼の言葉だけで彼女には大体の察しがついた。

半巨人用に研究した薬が巨人にも通用したことに喜べば良いのか、効く保証もない薬を安易に使ったことに怒れば良いのか、リリーはしばし頭を悩ませる。


「役に立ったなら良かったよ」


しかし結局のところハグリッドが無事ならリリーはそれで良かった。考え方も体格と同じ大らかな彼のことだから、グチグチと言ったところで仕方ない。

切り傷だけを塞いでリリーは薬瓶を彼に手渡す。


「これ、代わりの分。会ったみたいだし言うけど、アンブリッジには気を付けて。トレローニー教授も大変な目にあってるから」

「そいつは……やっこさんは……まぁ、なぁ?」

「アンブリッジは反人狼法を打ち立てた人間だよ。それだけでどんな人か分かるでしょ?アンブリッジが査察する授業に私は参加できないから、ハグリッドが何か言われても私は言い返せない」


リリーの表情がぐんぐんと曇る。冬空と同じくらいになったとき、ハグリッドがポンポンと彼女の背を撫でた。彼にしては優しい手つきだったがそれでも彼女の身体は跳ねる。


「心配いらん。それにもう教える生き物は決めてある。面白い授業になるぞ!……見えりゃぁな?」


ニカッと大口を開け、髭をわしわしと震わせてハグリッドが笑う。アンブリッジのハグリッドに対する対応は気に入らないが、ポッターがセストラルについて学ぶことは大切だ。

グレンジャーのように授業計画を練るなどとハグリッドのためを思った全力の行動がとれない自分に嫌気がさす。


「押し掛けちゃってごめん。じゃあ、また明日」

「ありがとう、助かった」


手渡した薬瓶を揺らしにこりと笑うハグリッドの顔はここへ飛び込んだときよりも快活で痛々しさが薄れていた。リリーは「こちらこそ」と残して小屋を出る。強まる雪がアンブリッジの小柄な足跡に降り積もっていた。






数週間経ってもハグリッドは連れ帰ってきた弟のことをリリーに打ち明けはしなかった。彼女の影響が薄いホグワーツの外では多くが《本》の通りに進む。あの日の怪我のこともあり、連れ帰っていないはずはないと確信していた。リリーの煎じた傷薬はハグリッドの秘密を隠すのに一役買っているようだ。

しかしハグリッドばかりを気にかけてもいられない。上手くやってはいるようだがポッターたちの「ダンブルドア軍団」の集まりだって気にかかる。無事必要の部屋を見つけたらしいことはドビーへの探りで分かった。


「考え事とは余裕だな。ついでに……これも」


リリーはごりごりとトリカブトを粉末化させていた手を止める。スネイプの手元を見れば広口瓶いっぱいに詰められた薬草があった。

淡々とこなすだけの仕事は考え事をするのにうってつけだが、ここはスネイプ教授の研究室だ。油断をするとこうして仕事が増やされる。彼はまた棚を見て回り、更なる仕事はないかと画策しているようだった。

彼は仕事を増やすとき、ニヤリと意地悪く笑う。役に立てることも、彼のどんな表情も、私が嫌でないことをきっと知らないのだろう。


「今年のOWL生は如何ですか?」

「例年通り」


スネイプは『可・A』と『不可・P』の乱舞する羊皮紙を思い出し頭を痛めた。試験には合格したとしても六年からの授業に参加できる者は極僅かとなるだろう。そうなればダンブルドアとマクゴナガルにチクリと嫌みを言われるのだ。フリットウィックを見習えとばかりに。

『例年通り』が「良くない」という意味であることはリリーにも分かった。去年もため息混じりに愚痴ていたのを聞いたことがある。それにリリー自身、生徒から泣きつかれたこともあった。


「春になると魔法薬学の質問が増えるんです」


スネイプが表情で続きを促した。


「スネイプ教授には聞きづらいからと」


リリーはクスクスと笑うがスネイプはため息をついた。


「意欲を見せるものにはそれなりの対応をしている」

「えぇ、私もスネイプ教授の方が分かりやすく教えてくださるって伝えるんですけど――」

「そんなことを言っているのか」

「私が躓きかけたところをいつも掬って丁寧に説明してくださるじゃありませんか」


面倒事を押し付けられたと口角を下げるスネイプに、リリーは首を傾げる。機嫌を損ねたわけではないその様子の意味を判断しかねた。


「世辞で仕事を押し付けず、教員としての役目をご自分で果たしていただきたいものですな」


リリーのいるテーブルに広口瓶を一つ加えてスネイプは研究室を出た。事務机に触れギシリとスプリングを軋ませると椅子に背を付け深く座る。そしてここ数年目に見えて増えた生徒の訪問を思い出し額に手を当てた。

望んで就いた仕事ではなかったが、14年間ホグワーツで教鞭を奮ってきた。今ではそれなりのプライドもある。しかしこれまで面と向かって教師としての私を評価した者などいない。

当たり前だ。

生徒の立場でそんな発言は許さないし、かつての恩師たちは教師としての自分を生徒越しでしか見ていない。

スネイプはふと教師としての自分を肯定されたのが初めてではないことを思い出した。

仔細は思い出せなかったが、彼女をこの研究室へ入れるようになって少し経った頃、同じように真っ直ぐな目で言われたことがある。あの時は胡麻をすっているだけだと相手にしなかった。

スネイプは身体が妙にむずついて、全身を何かに撫でられているような感覚に顔を険しく変える。しかしそれは不思議と不快感を伴わず、かえってそれが不気味であった。

スネイプがざわざわと落ち着かない擽りに身を捩りたくなった頃。コンコンと私室の扉が叩かれた。名乗ったのはレイブンクローの七年生。スネイプは隣室にいる元凶の女を壁越しに睨み付け、教科書と参考書を抱えた意欲ある生徒を招き入れた。







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