102 ヘドウィグ


秋の名残が弱々しく降り注ぐ穏やかな晴れの日、朝食前の職員室では不定期の会議が開かれていた。会議と言っても今年度は専らアンブリッジからの一方的な報せのみ。魔法省の後ろ盾を振りかざした彼女に意見できるものは誰もいない。顔をしかめ、眉間にシワを寄せる教職員をニンマリと満足して眺め回すアンブリッジは、権力の頂点にいる興奮にその顔までもをピンクに染めていた。


『学生による組織、グループ、クラブ等はすべて解散とする』


無慈悲な掲示を職員会議の前に談話室へと貼り出すという勝手ぶりに憤慨したのはマクゴナガルだけではなかった。だが彼女がそのすべてを背負って口を出す。


「ドローレス、解散する組織というのはクィディッチチームも含まれるのですか?」

「もちろんよ、ミネルバ。『すべて』と私言いましたわ」

「ならばグリフィンドールクィディッチチームの再結成をここで願い出ます。さぁ、サインが必要ですか?羊皮紙?羽根ペン?」


マクゴナガルが杖を滑らせそれらをアンブリッジの前へと用意する。しかしアンブリッジはそれらをすべて無視して「チッ、チッ、チッ」と指を振りつつ舌を鳴らした。


「ミネルバ、あなたはチームのキャプテンではないはずよ。クィディッチチームはあくまで学生主体の集まりではなくって?」


ずんぐりとした小柄な身体で胸を張り、アンブリッジは自身を大きく見せつける。楽しくて仕方ないといったその表情はマクゴナガルを煽ったが、長年の年の功で彼女はそれを納めた。それがまたアンブリッジのお気に召し、ピンクの身体はカエルのように膨れ上がった。

ピリピリとした破綻の縁を漂う空気は、ノックの音で更に引き締まる。


「話は終わりね。解散」


ダンブルドアを見ることもなく自分勝手に会議を締めたアンブリッジに、集まっていたすべてが不快に顔を歪ませる。彼女がダンブルドアを真似て手を叩いても誰も動こうとはしなかったが、その彼が僅かに首を縦に動かすと、途端に空気が流れ出した。

コンコンと、再度扉が叩かれる。近くにいたシニストラがやれやれと扉を開けてやった。

職員殆んどの視線を集めた来訪者はグリーンをあしらったローブにクィディッチチームのキャプテンバッジ。彼から放たれた「アンブリッジ先生はいらっしゃいますか?」の台詞に、ギラリとマクゴナガルの鷹のような目が光った。

二つ返事でアンブリッジからのサインを手に入れたモンタギューはこれが当然だと肩で風を切りつつ職員室を後にした。マクゴナガルは尖らせたままの瞳をスネイプへ向け、彼が肩を竦めてみせるとすぐに職員室を飛び出していった。


「スリザリンチームが一番乗りでしたね」


膨れ上がったピンクボムが去った職員室は不思議と物寂しさすら漂う。座ったまま(僅かに浮いて)動かないビンズを残し、リリーはスネイプと連れ立って部屋を出た。


「順番など意味はない。それに拒否できる理由もない」


スネイプは真っ直ぐ前を向いたまま聞き耳を立てる影を警戒して声を潜めた。リリーも同じく囁くように返す。


「グリフィンドールは……不利かもしれません」


グリフィンドールのクィディッチチーム再結成はポッターにかかっていると言っても過言ではない。マクゴナガルの心労と苛立ちを想像しリリーはため息をついたが、スネイプは口端がピクリと動き嫌みに上がっていった。


ここ数日、リリーは空を見上げることが多い。まるで空からの敵襲を警戒するような視線にスネイプは気が付いていたが、何も言わなかった。感化され彼自身も空を見上げる機会が増えたものの、専ら地下にいるスネイプには彼女ほど外を気にかける時間がなかった。

大広間の青と白が斑になった天井を見上げ、スネイプが席につく。スネイプと並んで座った朝食の席で、リリーはアンブリッジの姿がないのを確認した。

彼女は決まってふくろう便の配達が終わったあとに大広間へやって来る。ふくろう嫌いや一部のきれい好きの中にはそういう人もいる。だがリリーにはアンブリッジがその時間どこで何をしているのか見当がついていた。

ふくろう便の監視だ。

フィルチも一枚噛んでいる。二人は目立つポッターの白ふくろうの動きを日々追っていた。

リリーは素早くオートミールを胃に流し込むと席を立った。隣ではスネイプが感情の読めない目でその姿を追う。奥の席で半月眼鏡越しのブルーの瞳もまた、そんな彼女らの様子を眺めていた。


「アンブリッジ先生?」


緩やかな陽射しに直接晒された校庭で、彼女は空を見上げていた。リリーが声をかけると握りしめていた杖を隠すようにローブへ入れて振り返る。


「あら、どうしたの?」

「森番の仕事へ向かう途中でお見かけしたものですから。何かお邪魔してしまいましたか?」

「いいえ。あとでフィルチを森へやるからそのつもりでね」


アンブリッジの猫撫で声が耳に障る。独特の鼻にかかった笑い声が、彼女がここにいた目的を果たせたことを物語っていた。


「フィルチさんがですか?あー、申し上げにくいのですが、彼は森に詳しくありませんし危険です。何か用事があるようでしたら、私がお引き受け致します」

「いえ、結構。だけどもし、森に相応しくない何かが転がっていたら、すぐに私へ知らせてちょうだいね」


最後にもう一度、アクセントの尖った笑いを残してアンブリッジが城内に戻っていった。リリーは彼女の背が消えてすぐ、森へと走る。

何らかの呪文によって森に打ち落とされたであろうヘドウィグを探すために。


アンブリッジの見ていた方角、射程距離、色々と可能性を考慮しながら草木を掻き分ける。陽射しを寄せ付けない薄暗い森でも雪の降り積もらないうちは白ふくろうは目立つ。幸いアクロマンチュラの巣からは離れていたが、手負いの動物は格好の標的だ。弱肉強食のこの森で、血でも流していたらすぐに捕食されてしまう。


数十分間、闇雲に歩き回った。

名を呼んでみても飼い主ではない私にヘドウィグが反応してくれるはずもない。下ばかりを探していたがどこか枝に引っ掛かっているのかも。或いは回復して飛び立った可能性もある。

一度出直すべきかと思い始めた頃、左奥の大木の影でガサリと動く何かがいた。鹿や兎などここへ来るまで何度か生き物を見かけたが、それとは違う質量に杖を握りしめ近づく。


「セストラルか……」


今年度は彼らにも世話になる。肉食ではあるが人を襲うことはない。ゴソゴソと地面を掘り餌を探すような仕草に、その足元を覗き込んだ。


「――っ!ヘドウィグ!」


白ふくろうは翼をあらぬ方向へ曲げ、所々赤が滲んでいた。

セストラルはふくろうを襲わないようハグリッドに躾られてはいるが、血の臭いをさせた獲物が目の前に現れて、食べでもいいのかどうか、つつきながら葛藤しているようだった。或いは力尽きるのを待っているのかもしれない。

リリーは慌ててセストラルを引き離した。しかし手負いのふくろうはリリーにも精一杯の威嚇をする。その足に括られたままの手紙にリリーはホッと胸を撫で下ろした。


「シレンシオ(黙れ)……ごめんね、悪いようにはしないから」


リリーは暴れるヘドウィグに脱いだマントを掛けた。冷たい空気にブルリと震え、折れた翼を痛めないように包み込んで持ち上げる。暫くはバタバタと暴れる様子をみせていたヘドウィグだったが、やがて諦めたのか隙を窺っているのか、大人しくなった。


玄関ホールを抜け職員室へ入ろうとして、階段へと向きを変えた。二階の魔法史教室。そこにポッターがいるはずだ。

コンコンとノックをして、返事よりも早く開ける。


「授業中に申し訳ありません、ビンズ教授。ポッターをお借りしても宜しいですか?5分だけ」


ウトウトとした半開きの目が一斉にリリーへと集まる。ポッターも同じようにボーッとした顔をしていたが、不意に名前を呼ばれ、パッチリと瞬かせる。


「どうぞ」


ビンズ教授はそれだけ言うと、またいつもの朗々とした教科書の読み上げに戻っていった。グレンジャーにつつかれたポッターがリリーへと駆け寄る。


「どうしたんですか?僕が、何か?」


扉を閉め静まり返った廊下に、自然と声を潜めてポッターが尋ねた。不安げでそれでいて怪しむような緑の目がリリーの顔から丸められたマントへと落ちる。彼女の腕の中ではポッターの声に反応したヘドウィグが再び暴れだしていた。


「この子、ポッターのふくろうでしょ?」


リリーがマントを広げると、翼を懸命にばたつかせて白ふくろうが飛び出した。ポッターを視認すると一目散に向かう。


「ヘドウィグっ?!」

「禁じられた森で見つけてね。手紙の配達中に襲われたらしい。暴れて治療も叶わないから落ち着かせてやってくれないかな」


ヘドウィグの足にくくりつけられた紙を指差してから、リリーは杖を振る。途端にホーッとふくろうの恨めしげな声が廊下に響いた。ポッターは腕にヘドウィグを止まらせながら、もう片方の手でぎこちなく紙を外す。


「ありがとうございます、エバンズ先生。でも一体どうしてこんな酷いめに!」

「狙いは――」


リリーは人差し指をヘドウィグから手紙へと移動させた。ポッターがハッと息を呑む。


「気を付けて。特に白ふくろうは目立つから」

「……はい」


深く沈んだポッターと別れ、リリーはヘドウィグと共に職員室へと向かった。もう彼は暴れようとしなかったが、無事に手紙を届けきり気力が尽きたようでもあった。

ポッターの前では気丈に振る舞っていたとは、私よりもよっぽど勇敢で立派だ。


「ごめんね、ヘドウィグ。もっと早くに庇ってあげられなくて」


胸元から聞こえた鳴き声に、「気にするな」と言ってくれているのだと勝手な解釈をして、私はそっと柔かな温もりに頬を寄せた。

きっと今夜、グリフィンドール寮の談話室にシリウスが現れるのだろう。リリーは如何にしてアンブリッジを引き止めておくか頭を悩ませながら職員室の扉に手をかけた。








Main



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -