101 査察


アンブリッジによるリリーの査察はとても呆気ないものだった。特定の担当教科を持たないリリーは、ピンクのレースや猫の絵皿に囲まれたファンシーな部屋で10分もない面談だけで済んだ。


『先生方のことで何か……良くないものを見たり聞いたりした場合は私に相談してくださいね。何も案ずることはありませんわ。あなたを悪いようには致しませんもの。私たちはよいお友達でしょう?』


査察の締めに掛けられた言葉は、恐らく彼女にとっての本題だったのだろう。多くの教授方の御用聞きをする私を内密な味方につけられれば、彼女の仕事はぐんとやり易くなる。


まぁ、つくわけないのだが


生徒たちの噂によればマクゴナガル教授やフリットウィック教授は上手くアンブリッジをあしらったようだし、トレローニー教授は悲惨だったと聞く。

《本》の予言がなくともすべて予想の範囲内だ。






2週間ほど経って返された査察の結果も、予想を裏切りはしなかった。魔法省の封蝋印が押された封筒を朝食後の職員室で受け取って、それぞれに開けた教授方の小馬鹿にした呆れたような乾いた笑いはすべて天下の高等尋問官様へと向けられていた。




その日の夜。私は地下でネズミを切り分けるという罰則の中でも最上級の内容を仕事として請け負っていた。尻尾だけならまだしも中身も細かく切り分けなければならないのだから手間がかかる。


「どうして既に切り分けたものを購入されなかったのですか?」


スネイプの私室で暖炉を背にリリーが問う。ナイフでぷつりと圧し切った尻尾が広口瓶の底へと張り付いた。


「丸々購入する方が遥かに安い。差額で山嵐の針がいくら変えるか知ってるか?……おい、腹を裂くなら研究室へ行け」

「膨大な手間ですからね。一人で黙々と一箱分のネズミなんて処理し終えた頃には参ってしまいます。取り寄せたのは教授ですから、巻き添えですよ」


禁じられた森へ自生する薬草を摘みに行くのと同じ理由。分かってはいたが、二重スパイとしての任務や脱狼薬のことを新たに抱えながら、尚も負担のある選択肢を選ぶとは(実際に負担が増えたのは私だが)。


この人は楽な道を選んで生きることが出来ないのだろうか


諦めた息をつきながら杖を鉤鼻へ振る男と目が合って、手を動かせと顎で指し示される。


「そう言えば、査察は如何でした?」

「特にどうとも」


スネイプは大きく『D』と書いた羊皮紙を左へ退ける。右脇の名簿へ同じ評価を書き写しながら左手は次の羊皮紙を準備して、チラと数メートル先の女を窺った。


「君はどうだ?我々と違い面談だったと言っていたな」


リリーは身体を起こして考える間を置く。別段隠すようなこともないが、何と返答しようかと言葉を探し、ニヤリと笑った。


「特にどうとも」


スネイプの眉間が寄る音を聞いた気がした。意地の悪い返しをしてはみたが、ここで会話を終わらせてしまうのはリリーの本意ではない。横目でスネイプを覗き見て、機嫌を損ねすぎていないならと言葉を続ける。


「いつからいるのかとか、仕事量はどの程度かとか、同じようなものだったのでは?悪い査察結果をいただく方が難しいですよ」

「その悪い結果となった人間を知りながら仰るとは、品行方正な助手殿の発言とは思えませんな」


スネイプがニヤリと笑い、『サママンダー』の単語に大きく『×』を被せた。


「気の毒だとは思っています」

「もう少し心を込めてはどうかね」

「占い学ってだけで査察はマイナススタートでしたよ、きっと。ダンブルドア校長ですら重要視されていない教科ですから」

「それは初耳だな」

「この情報収集能力を見込まれて、高等尋問官直属のスパイに誘われました。私を敵に回すと恐いですよ」


リリーのクスクス笑いに交じってスネイプが鼻で笑う。暖炉の優しい炎が暖める空間はいつにも増して穏やかだった。


「私は信じることにした」


スネイプが言った。


「何をですか?」

「君をだ」


彼の声色に先程までの軽さが消え、ずっしりと心に乗り込んでくるのを感じた。含みのある、まるで告げ口以外にも信じていることがあるような、そんな声。

リリーはドク、ドク、と強く打ち始めた心音に震えながら顔を上げる。

バチンと雷が落ちたような衝撃で、二人の目が合った。

リリーに映るスネイプは真剣そのもので、伸ばされた背筋が、なだらかな眉間が、澄んだ漆黒の双眼が、彼女に息をすることさえも忘れさせてしまう。

見つめ合っていたのはほんの数秒のことだった。それでも二人の間には圧縮された濃密な時間が流れた。リリーはその時間の正体も掴みきれぬまま、わんさと息を吸い込む。


「どう、したんです、突然。……大袈裟ですよ」

「……そうだな」


身体があつい。

リリーは汚れきった両手を見つめ、身動ぎだけで服に風を通す。それはスネイプも同じで、彼は杖へ手を伸ばし暖炉の炎を落ち着かせた。

ドク、ドク、と心音が耳につく。

決して重なりはしないその音が、それぞれの中で一つ分、抑圧を突き破らんと脳を震わせていた。







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