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「ウィーズリー!」


リリーに呼ばれ振り返ったのは同じ顔二つ。ひょろりと伸びた背に赤毛というウィーズリー家の特徴を除いても二人は瓜二つで、リリーにはどちらがどちらなのだか判断がつかない。しかしどちらがどちらであろうとも、二人は常に一緒にいるし、嗜好も思考も似通っている。

つまりは、リリーにとってどちらがどちらかという問題は議題にすら上がらない事柄だった。リリーは二人を引き裂く未来を防ぐ気でいるし、二人まとめて明るい未来を生きてほしいと思っている。そのためにこれからの時間を存分に注ぎ込んでいくのだ。


思うところのある顔を見かける度に固まる決意は脇へ退け、リリーには二人を引き止めた理由があった。彼らが無垢な一年生を引き連れ隠すように先へ行かせたこと以外の理由だ。


「僕らにご用?」

「あ!例の件に進展あり?」


ヒソヒソと顔を寄せる明らかに怪しい密談は、絵画にしか見られていない。しかしリリーは念には念をと手近のタペストリーの裏へと双子を誘った。真っピンクと真っ黒の影にことさら注意を向けながら。


「ダイアゴン横丁93番地」


小部屋のような空間で、そう言いながらリリーが広げたのはダイアゴン横丁の細かな地図。杖明かりの下で指し示したのはくねくねと曲がった街の一角だ。

何の因果か、リリーはこの双子からウィーズリー・ウィザード・ウィーズ悪戯専門店開店へ向けての相談をされていた。

身近に店を構えていた人間が他にいなかったからか、リリーの人を惹き付ける《呪い》が信頼として働いてしまったのか、明確な理由は分からない。二人は未来への展望をリリーに打ち明け、リリーは二人のためにと力を貸す約束をした。


「ダンブルドア校長の言葉を信じた人の中には店を畳む人もいてね。ここなら立地のわりに安くで買えそう。まだ市場へは出てないから即決しなくて良いよ。ここを本気で考えるなら頼んどくから、クリスマス休暇にでも行くと良い。どう?」


リリーは不動産を生業にする知人に掛け合いこの情報を手に入れた。成人したとはいえ学生で、親の後ろ盾も望めない二人の代わりに信用ある大人の彼女が一肌脱いだのだ。スネイプ曰く『無駄に顔が広い』上、リリーには《呪い》がある。多少の優遇も取り付けられる自信があった。


「どうだ相棒?」

「ここなら集客もバッチリだし広さもちょうど良い」

「だな。つまりはもちろん」

「決まりだ!」


二人はハイタッチやお互いにしか分からないハンドシェイクを交えて喜びを表した。リリーは微笑んで二人に一枚の名刺を差し出す。


「あとは彼に連絡して。仲介してくれるから。二人なら上手くやっていけるよ」

「「ありがとう、エバンズ先生!」」

「支払い能力だけはきちんと示してね。向こうも仕事だから」

「その問題には必ず突き当たると思っていた……」

「しかし我々は既に解決済みなのである!」


右にいた方が名刺を受け取って、大事にローブの中へとしまう。リリーは不要になった地図を消し、代わりに手のひらサイズの瓶を二種類取り出した。


「ここからは私からの頼み」

「我らは礼には礼で返すがしきたり」

「ピンクガマガエルへの悪戯なら喜んで!」

「当たらずしも遠からず、かな」


苦笑したリリーに二人は大袈裟に驚きニヤリと顔を見合わせる。


「書き取り罰が醜悪でね。情けないんだけど私には止められないから、君たちにこれを託すことにした」


リリーは罰則用羽根ペンや瓶の中身の使い方について二人に語った。一つは痺れ薬。塗った部分が一時的に麻痺して痛みを防ぐ。一つは傷薬。マートラップ触手液よりも効果が高い。甲を抉るように刻むペン先は防いでくれない二つの薬。アンブリッジを満足させながら生徒を守るのは、これがリリーの精一杯だった。


「罰則を受ける子へ秘密裏に配ってほしいんだ。もちろんグリフィンドール以外にも。なくなるようなら知らせて」

「ピンクガマガエル許すまじ」

「上手くやるよ」


顔をしかめながらも頼もしく頷く二人にリリーも大きく頷いた。


「あぁ、あと一つ。人にウィーズリー製品を渡すときはしっかりとモノを確認すること」

「どうする、フレッド?」

「先生は渡すなとは言ってない。これは罠か、ジョージ?」


リリーが片眉を上げると二人は揃って「「はい、エバンズ先生」」とアンブリッジ直伝の返事をした。






月曜になって、アンブリッジの高等尋問官就任を教職員は朝食前の職員室で聞かされた。ダンブルドアの話をアンブリッジが耳障りな咳払いで乗っ取って、非難の視線を物ともせずに我が物顔で語り出す。

話は査察のことへと移っていた。


「エバンズ先生」

「――っ、はい」


他の教職員と同じように半分以上を聞き流していたリリーは突然名前を呼ばれ、何かしてしまったのかと視線を泳がせる。


「査察を行う授業にあなたは参加できませんの。他の先生方もご承知くださいね」


喉から出たがらない了承を押し出して、リリーはニコリと無理矢理口角を引き上げた。


面倒な会議が終わり、パラパラと大広間へ移動していく流れに乗って、リリーもスクランブルエッグに思いを馳せる。その右後ろに大きな黒い影が迫った。


「愛想笑いも八方美人も十八番だったはずでは?」


横に並びながらスネイプが鼻で嗤う。先程の不格好な笑みを指しているのだと分かったリリーは得意の愛想笑いを披露して見せた。


「安売りはしないことにしたんです」

「ほう、なら今のはいくらだ?」


職員テーブルの適当な場所に並んで座り、リリーはカボチャジュースを、スネイプはミネラルウォーターをそれぞれのゴブレットへ注ぐ。


「いくらで買っていただけます?」


中身のない適当な会話を続けながら、リリーが手元の皿へスクランブルエッグを装った。


買う気などボウトラックルの指先ほどもないくせに


止まった会話に隣を窺えば、スネイプは取り分けたサラダをそのままに、モゾモゾとローブに手を突っ込んでいる。


「手を」


緩く握った拳を突き出され、リリーは訝しみながらも両手を天秤皿のようにしてその下へと受ける。

チャリ、チャリン

落とされたのは銅貨だった。全部合わせてもたったの5クヌート。


まさか、これが、笑顔の値段?

これで笑えと?


リリーは笑うどころか眉間にシワを寄せて隣でレタスをつつく男を見つめる。スネイプはつんと何食わぬ顔をして、シャキシャキと音を楽しんでいる振りをした。

何か一言言ってやろうとリリーが口を開きかけたとき、突然頭上が騒がしくなった。あぁもうそんな時間かと、ポカンと間抜けな口のまま見知ったふくろうを探す。大きなワシミミズクは見つけやすいが今日は非番らしい。リリーは茶色いメンフクロウが隣の男目掛けて降りて来るのを目で追った。

スネイプもそれに気づくとパンのなくなったバスケットへ杖を振る。T字の止まり木へ変わったそれへメンフクロウが降り立った。行儀よくスネイプに日刊予言者新聞を差し出して、こちらも忘れてくれるなと袋を提げた足を見せつける。


「エバンズ」


スネイプはそれだけ言うと、受け取った新聞の向こうへ姿を消した。

リリーが一面のアンブリッジと目を合わせ、続いてふくろうを見ると、彼(もしくは彼女)とも目が合った。ヒョイヒョイと止まり木をステップしてリリーへと近づくメンフクロウは、かなり優秀な取り立て屋に違いない。

リリーは日刊予言者新聞の購読を止めていた。だから朝食へお金を持ち込むことはない。しかし今日は都合のいいことに新聞代をきっかり5クヌート握りしめている。


非常に、奇跡的に、偶然に――


リリーは急かすメンフクロウの足へ温くなった銅貨をすべて入れ、未だ新聞から出てこない隣の男を睨み付ける。そしてこっそり彼のゴブレットへ砂糖を5杯仕込んでやった。

グリフィンドールのテーブルで、赤毛の同じ顔が二つ、ニヤリと笑った。







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