4 ピクシー妖精


自室の模様替えや仕事の打ち合わせをしている間に数日が過ぎ、リリーは新入生と共に盛大な拍手でホグワーツへ迎え入れられた。

入学式の裏でセンセーショナルな事件の起きた翌朝、リリーはスプラウトに誘われて暴れ柳の治療へと赴いた。空飛ぶフォード・アングリアが突っ込んで出来た傷だ。

それを聞き付けたチカチカするライラック色が頼んでもいないのに付いてきて、予想以上の賑やかさに胃でトーストとベーコンが喧嘩する思いだった。


「暴れ柳の話は知ってるよ、ギル」


だからもう喋るのを止めてくれ。そう願いながらの言葉は反ってギルデロイ・ロックハート――しつこく乞われてギルと呼ぶはめになった――を輝かせた。彼が何かを発する前に、私は二度と「知っている」と言わないとすぐさま心に誓う。


「素晴らしい!ここにも私の愛読者が!何故言ってくれなかったんです?ですが、ええ、私には分かっていました。サインはいらないと突っぱねたときから、あなたは照れ屋なのだと!」

「頼むから黙って。今から暴れ柳の処置をするから、あなは……ここで監督役を。それで構いませんか、スプラウト教授?」

「ええ、それが適任でしょう」


入学式までの数日に、教授間で「ロックハートはリリーに任せる」と暗黙のルールが作られたのではないだろうか。お陰で私は耳にタコができ、彼の扱いも雑になった。

後輩とはいえ教授相手に躊躇いがあったのは最初だけ。今では他の教授方が聞いてようとお構いなしだ。それに教授方にとっては私の態度よりも、自分がロックハートに絡まれないことの方が重要らしい。現にスプラウト教授も私が話を振るまではどす黒い空気のようだった。


「昨晩様子を見に来たときも酷いと思いましたが、陽の中で見ると尚更酷い有り様です。あぁ、あんなに太い枝が折れて……あそこは諦めるしかありません」


魔法を使わずには持ち上げられそうにない枝葉。《本》ではスネイプ教授が相当な被害だと言っていたが、実際に目の当たりにすると心が痛む。まさか、こんなに酷いとは。読む限り、ここまで酷い印象は受けなかった。

ふわりと浮かんだ違和感はすぐにスプラウト教授の声によって弾けて消えた。

リリーが指示に合わせ包帯を巻いたり薬をつけたり肥料を撒いたりしている間、ロックハートがいい子にしていたかというと、NOだ。彼は出鱈目にやれ右下の枝がどうだとか、薬がどうとかの指図をして、スプラウトの反感をまとめ買いしていた。

必要のない疲れまでも背負い治療を終え、リリーはこれでやっと解放されると背伸びした。が、授業とその手伝いのため温室へ向かう二人にピタリと付いてくるロックハートを見たとき、伸ばしきったものすべてを縮め、がっくりと項垂れた。


そうだった。彼はポッターにも用があるのだ。


ロックハートの大きな独り言を右側に、スプラウトの禍々しい怒気を左側に据え、リリーは長い5分を歩く。間に入るのは彼女の本意ではなかったが、この二人を並べる勇気はもっとなかった。

温室へ着いてからもまだ喋り足りないらしいロックハートをポッターに押し付け、リリーはスプラウトと生徒を温室へ押し込む。チラチラと生徒の視線を感じながら、気紛れに微笑んで見せた。

ふわふわのロングヘアーの女の子と小突かれている赤毛の男の子。恐らく彼女がハーマイオニー・グレンジャーで、彼がロナルド・ウィーズリーだろう。


「今日はマンドレイクの植え替えをやります」


ポッターが入ってきたのに気づくと、スプラウトが説明を始めた。耳当ての争奪戦を終え、皆がシンと教授を見つめる。


「そこの彼、耳当てがズレてます」


皆一斉にリリーの指差す方向を見た。何だ何だと首をかしげる生徒たち。しかし当人は声が聞こえてしまったらしく、慌てて耳当てを弄くり回す。


「まぁたネビルだよ」


誰かがため息混じりに呟いた。人懐こそうな丸い顔を赤くさせて俯くあの彼が、ネビル・ロングボトムか。ポッターを信じ物語の後半で飛躍的に成長するであろう彼も、今は蛇を前にした蜘蛛のようだった。

リリーは再び生徒をぐるりと見渡してから、自分も耳当てを装着した。そしてスプラウトに目配せをする。




スプラウトによる手本を見ても、なかなか生徒には難しかった。やることは単純だがマンドレイクの抵抗が凄まじいのだ。

午前いっぱいを使って2クラス分の授業を終え、静まり返った温室には植え替えを待つマンドレイクがまだ40ほど残されていた。


「さぁ、早く残りを片付けますよ、リリー!昼食が終わってしまいます」


毒触手草を叩きながら活き活きと大きな鉢を取り出すスプラウトに、リリーは「はい」と答えるしかなかった。

今朝のような黒ずんだ彼女より遥かに良いが、とても同じ気持ちにはなれそうにない。手慣れた彼女の倍ほどの時間をかけながら植え替えを終わらせた頃には、額の汗が幾筋も流れ落ちていた。




急いで大広間に滑り込みやっとのことでパイを口に頬張ると、今度はロックハートに声をかけられる。午後の授業を手伝う仕事だった。

《本》にも書かれていた授業に二つ返事で引き受けたものの、今の体力では後悔しかない。せめて何事もなく授業が終わるならどんなに良いか。


「ギル、そこに立たれると食べにくいから先に行っててくれる?このパイを食べたらすぐ追いかけるよ」


半ば追い払うような仕草でロックハートを遠ざけた。ファンの子からの視線が刺さるがそれよりパイが大事。少しでも体力を回復させないと、ピクシー妖精の対処はしきれない。

人を待たせるわりにはゆっくりとパイを平らげ、闇の魔術に対する防衛術の教室へと向かう。扉を開けた先には、壁一面のロックハート、ロックハート、ロックハート。皆一斉にウインクを飛ばしている。「うわぁ……」と洩らしそうになる口を真横に結び、ロックハートへ駆け寄った。


「リリー!」


待ってましたと言わんばかりの歓迎ぶりで、数分前に会ったとは思わせないスキンシップと共に、一枚の紙を手渡される。


「授業の始めに小テストをしようと思いましてね。どうです?あなたなら満点でしょうね?」


そこにはロックハートの好きな色や大望など、到底闇の魔術に関係のない質問ばかりが並んでいて、クラクラと目眩がした。もっと最悪なのは、私は解答用紙を半分以上埋めてしまえるだろうということ。尤も、私は彼に「知ってる」とは言わないと誓ったばかりなのだが。


「さぁ、それはなかなか難しそうだよ。それで、授業はこの小テストだけ?」

「まさか!実はとっておきのものを用意してありまして」


ジャジャーンとショーでも始まりそうな勢いで見せられたのは、カゴに詰められたピクシー妖精たち。キーキーと騒がしく喚きガタガタとカゴを揺らすので、たまらず杖を振った。ピタリと動くのをやめたピクシー妖精は全部で20匹。数十分後にはこの生き物たちを捕まえる羽目になるかもしれない。


ベルが鳴りガヤガヤと教室が賑わい出す。ロックハートは華麗な素早さでカゴに布をかけて教卓の奥へと押し込んだ。サプライズ登場の予定らしい。

《本》では授業前にマルフォイとポッターの小競り合いがある。全員無傷で揃ったところを見ると、ロックハート抜きでもなんとか収束したようだ。




ロックハートの咳払いで始まった初の授業は小テストも終え、とうとうピクシー妖精の出番となった。私の存在で多少の違いはあれど、概ね筋書き通りだ。


「君たちがピクシーをどう扱うかやってみましょう!」


一気に慌ただしくなってしまった教室で、リリーのため息は掻き消される。上へ下へと飛び回るピクシーから逃げ惑う生徒たち。杖を握る余裕もなくみんな必死に駆け回っていた。

リリーは自分に降りかかる火の粉だけを払いながらその様子を観察する。時には怪我をしないようガラスから生徒を守ったり、天井へ連れ去るのを阻止したりと奮闘したが、一人では分が悪い。クラスをまとめるべきロックハートは今しがた杖を奪われ机へ隠れた。


「――っ!ロングボトム!」


地面に激突する寸前で、ロングボトム付きシャンデリアを浮かばせる。ホッと息をつくと、同じく悲愴な面持ちで彼を見ていたグレンジャーと目が合った。


「グレンジャー、シャンデリアを支えられますか?」


勇敢にも少女は杖を掲げコクリと頷いた。


「重いので気を付けて。ポッター、彼女のサポートを!私はロングボトムを降ろします」


グレンジャーがしっかり浮かせ続けているのを確認し、杖を下ろす。未だ机の下で縮こまる役立たずの眼前で足を踏み鳴らすと、「ヒエッ!」と情けない悲鳴が上がった。


「ギル、あなたの杖は外。早く取って来て」


尻を叩くと、彼は逃げるように飛び出していった。定期的に割れるガラスに保護をかけて、ようやくロングボトムへと歩み寄る。怯えきった彼を地面に立たせてやり、落ちていた杖をその小さな震える手に握らせた。


「落ち着きなさい!」


張り上げたリリーの声は悲鳴に負けた。杖からバンッと爆発音を出し、ようやく教室が静まり返る。静けさは一瞬で消えたが、それでもみんな、必死に彼女の声に耳を傾けていた。


「勇気のある者は杖を!イモービラス(動くな)!」


直撃したピクシーがポトリと落ちた。そこからは早かった。みんな我先にと杖を構え、呪文を唱えた。

特にグレンジャーは凄かった。百発百中とはいかないまでも、一番の功労者は間違いなく彼女だ。


「イモービラス!イモービラス!あぁもう!クソッ!」

「闇雲に打っても当たりません。みんな、動きを予測して!」


授業終了のベルが鳴る頃には、動くピクシーはいなくなっていた。それらを1匹残らずカゴに回収し、出たきり戻らない担当教授の代わりに解散を告げる。


「みんな素晴らしい活躍でした。ロックハート教授もお喜びになるでしょう。悲惨な私物がある人は前に並んで、何もなければ解散です」


破れた羊皮紙やインクまみれの教科書を抱えた生徒に順に杖を振る。疲れきってボロボロの顔、やりきったハツラツな顔、みんなそれぞれの顔をしていた。小さく耳に入るロックハートへの不満には大きく頷きたいのを我慢して、聞こえない振りをした。

一人になった教室で、今度は部屋の修復に取りかかる。今日で1年分のあらゆる修復呪文をかけた。教室が元通りになり日が沈み始めても、ロックハートは帰ってこない。

《本》の筋書きを特等席で観てられるのは非常に喜ばしいが、もうこんな場面には関わらないでおこう。私がいなくてもどうにかなるというのに、私がいては私がどうにかせざるを得ない。疲れ損だ。

あぁ、外へ探しに行くべきだろうか。2匹欠けたカゴを見つめながら、本日何度目かのため息をついた。







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