91 別れ


ダンブルドアはリリーに事の顛末を話して聞かせた。第三の課題で起こったこと、闇の復活、クラウチJr.の1年。リリーは黙ったまま驚くこともなくそれを聞き続ける。

細かなところで悪化はあれど、《本》の予言と照らし合わせても大筋に変化はなかった。


そう、何も、変わっていない

ある者は舞い戻り、ある者は去った


「大変ご迷惑をお掛けし、申し訳ございませんでした」

「きみの無事が一番じゃ」

「ありがとうございます。……今年も予言をなぞる1年を終えることができました」

「ならすべて……現状はきみの知っているものと相違はないのじゃな?」

「はい、校長」




ダンブルドアが帰った後もリリーはなかなか寝付けずにいた。ベッドに腰掛け、滑空するふくろうに交じり空を駆けるセストラルを虚ろに見つめる。


私が夢だと思ったものは、夢ではなかった


リリーはクラウチJr.に呼び出され、そこで服従の呪文をかけられていた。それにいち早く気付いたスネイプが駆け付け、クラウチJr.を庇う障壁として立ち塞がるリリーと交戦することになった。リリーが最後に見た赤い世界は、スネイプの放った失神呪文だった。

彼が早くに気づいたおかげで、ポッターをクラウチJr.から救うことが出来た。


情けない

愚かすぎて涙も出ない


あれだけ警戒していた人物にまんまとやられるとは。私はこの1年何をしていたのか。最後の最後で足を引っ張って。ポッターが無事だったから良いものの、愚劣の極みだ。


私は何故ここにいるのか。


未来を《本》通りに進めるためだ。

ポッターを見守るためだ。

私が引き金となって起こる悪化を排除するためだ。

私が悪化そのものになるなどと呆れ果てる。


不幸中の幸いだったのは、クラウチJr.が《本》の存在には気付いていなかったこと。真実薬の効果で私には服従の呪文をかけ便利な駒として利用しただけだと言ったらしい。


リリーは上半身をベッドへ横たえた。相変わらず眠気はやってこない。外からの何か光に反射して、サイドテーブルの瓶がキラリと瞬いた。『安らぎの水薬』とラベルの貼られたそれは、以前スネイプが調合しこの部屋へ置いていったもの。

彼は帰ってきただろうか。上手く取り入り丸め込んで闇の懐へと片足を突っ込んで。

私がいないのだ。上手くいっているに違いない。それに彼には私にないすべてがある。任務をこなし続ける手腕がある、堅い意思がある、強い心がある。

リリーは瓶を引き寄せた。彼を感じるラベルをなぞり、頬を寄せる。飲めばすべての不安が消え去り眠りにつける。それでもリリーはそうしたいとは思えなかった。






それから夏休みが入るまでの間、仮初めの張りつめた日常が戻っていた。ヒソヒソとあちらこちらで囁き合う生徒、沈んだまま青い顔をしている生徒、変わりなく振る舞う生徒。向き合い方は人それぞれ。


学年末のパーティは重い黒に染まり、パーティと呼ぶには静かすぎた。職員テーブルの後ろには黒い垂れ幕がかかり、失われた尊い命に敬意を示す。浮かぶ無数の蝋燭はみんなの不安を表すように揺れていた。

リリーはマダム・マクシームと話すハグリッドや気難しい顔で座るスネイプ、暗い顔でグリフィンドールテーブルにつくポッターを見付け、ホッと胸を撫で下ろす。


《本》の通りだ


三校の集う最後の席で、ダンブルドアはディゴリーの死を悼んだ。リリーも起立して杯を掲げる。


「セドリック・ディゴリーに」


発した声は大勢と混ざり合い、未知の生き物のようになって大広間を満たした。ぐわんと不思議に響き、どこか別の世界に飛んだようだった。


ディゴリーの死は物語通りだ。決まっていた。

決まっていた?なら私は無実か?

いや、クィディッチ・ワールドカップの時より質が悪い。

私に人を殺すことが出来るのか。そう自問したことがあった。今、その問いに答えが出た。

「Yes」だ。


私はセドリック・ディゴリーを殺した


私は知っていた。彼が死ぬことを。

私だけが知っていた。彼が優勝杯に触れなければ死ぬ必要などなかったことを。

私は彼の死から目を背け魔法薬の研究に没頭する振りをした。友人のためだと自分にすら嘘をついて考えることを放棄した。

リーマスやシリウスと関係を築き、勇敢に挑む戦いで散る彼らの語られない一面を知ることが贖罪だとして接していた。スネイプ教授に至っては並々ならぬ感情まで抱いた。

しかしディゴリーとはどうだ。

私は教師と生徒というささやかな関係に徹していた。

彼は闇との戦いに飛び込んだわけではない。何の覚悟もなく無理矢理引きずり込まれ、容赦ない閃光に貫かれたのだ。


私が、かれを、ころした


止めれば良かった。何故止めなかった?

いくらでも方法はあっただろう。現にクラウチJr.はすべてを上手くやってのけた。ディゴリーは成人したばかりだ。まだまだ未来があった。可能性の塊だった。


それを、私は、うばった


クラウチ・シニアだってそうだ。ハグリッドと共に畑のそばを耕したあの日から、碌に小屋へは近寄らなかった。完成した魔法薬を持っていったあの日、すぐそばには骸となったクラウチ・シニアが埋められていた。


私だ――私が――私は――


さっきまでの冷静さが嘘のように罪悪感や自身への嫌悪が津波となって押し寄せる。どす黒い波に覆われ思考も上手く手繰り寄せることが出来ない。

手を伸ばしても掴めるものは何もない。

もがいても、もがいても、沈んでいく……




それからパーティをどう過ごしたのか、よく覚えていない。気づけば大広間の集まりが疎らになっていた。お腹は満たされているから食事はしたのだと思う。クラウチJr.がいなくなり、不安要素の消失と共に食欲は戻ってきたはずだった。もうコツコツと目立つ足音に怯えなくて済む。


シュティールが挨拶に来たことは覚えている。大勢に囲まれ手を握られて、頬に別れのキスをされた。『手紙を書いても良い?』と聞かれ『もちろん』と答えた記憶がある。

私を好きだと言うだけのことはあって、彼は私の感情の機敏に鋭い。でも手を離すその瞬間まで彼の表情が曇ることはなかったから、私は上手く笑えていたのだと思う。

笑って、手を振った。


天馬の引くボーバトンの馬車を見送って、沈み行くダームストラングの船を見送って、セストラルの引く馬車を見送った。


1年が終わった

無事に

けれど強大な闇を伴って


「エバンズ」


スネイプ教授はいつもいつの間にかそばにいる。私がぼんやりしすぎているのか彼が足音を忍ばせているのか分からないが、名前を呼ばれてようやく気づくことも多い。

人気のなくなった校庭で、私は深々と頭を下げた。


「スネイプ教授、先日はご迷惑をおかけしました」


ダンブルドア校長からことの顛末を聞いて以降、彼を何度か訪ねてみたが、いつも留守だった。それも当然だろう。彼は新たな役目を担い、戦いを始めている。ここでぼんやりと過ごしている私とは大違いだ。


「君に非はない」

「呪文をかけられてしまったのは私の非です」


頭を下げたまま返すと、肩に彼の手が触れた。そしてそのまま姿勢を戻すように力を込められる。促されるまま身体を起こしても、視線を上げることはできなかった。心を読まれるとか、そんなことではない。彼が今どんな目で私を見ているのか、知るのが怖かった。


「君が――」


スネイプは一度そこで区切ってから、悩むような間を置いた。これほどまでに言い澱む彼は珍しい。好奇心に負けたリリーが小首を傾げながら窺うと、スネイプはそっぽを向いて「何でもない」と言った。これもまた、とても珍しいことだった。

話は終わりだとばかりに城内へ戻るスネイプの背を、リリーはただ見つめていた。







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