ネガイ。




とん、と軽く突き飛ばす。
不意打ちに油断していたのか、それとも既に抵抗するような程の気力すらもないのか。
案外楽に転がってくれた事に、安心した。普段ならこうはいかないだろう。

覚悟は決めた。たまたま見つけた鉄パイプを拾い上げて、震える手を誤魔化すようにぎゅっと握りしめる。
狙われてるのがあたしなら、別に蓮ちゃんは付き合わなくていい。

まだ彼女には大切な人達がいるから。
何よりあたしが、彼女に生きていて欲しかった。

でも逃げて応援とか呼んでくれたり体勢整えてから助けてくれないかなーなんてちゃっかり思っちゃったりはしているんだけどもね。
なんにしろ怒られちゃうかなー。と思いながら振り向く。
   

その時何が起きたのか。
あたしは直ぐ反応する事が出来なかった。




「蓮、ちゃん?」




胸の中央から、剣が生えていた。
ごぷり、と蓮ちゃんの口から血が溢れる。
剣は引いていく。
こちらに伸ばされていた手は力をなくし、糸が切れたように膝から崩れ落ちた。
血を吸った真っ赤な剣を持った手の持ち主は裂け目から帰って行く。


何で、と呟く。
閉じゆく空間に呆然としながら、あたしは倒れ伏せた蓮ちゃんへと向かう。
壁は、やっぱりなかった。


うっすらと開かれた目は虚ろで。
震える手で頬を撫でる。冷たい。
声をかけても、動かない。
止まらない血は徐々に地面に広がっていき。




「・・・嫌だ。」




フラッシュバック。
動かない2人。
血塗れで。
私を、庇って。




「起きて・・・ねえ、起きてよ。」




周囲を黒ずくめの奴らが囲んでいく。
何で。
あたしが狙いじゃなかったのか。
それとも、あたしのせいで、蓮ちゃんが。

蓮ちゃんが、死んじゃう。




「あ、あ・・・あぁああぁあぁあああ!!」




慟哭と共に涙が溢れる。

嫌だ、
嫌だ、
・・・嫌だ!!!

黒ずくめの1人がその鋭い爪を振りかざす。
咄嗟に蓮を力いっぱい抱きしめた。
服に血が滲んでいったが、そんなのは気にしない。

この人を、殺させる訳にはいかない。のに。






「っ、誰でもいいから、助けてよ!!!!」





心の底から、叫んでいた。





───そのネガイ、叶えましょう。




「え・・・」



声が、した。
と同時に辺りが灰色に染まる。
攻撃しようとした人々は固まったまま動かない。

唖然としていると、視界に蒼い光が掠める。
光の方を見ると、大きな青い蝶が目の前を飛んでいた。
羽ばたきをする度、蒼い燐光が舞う。
それに触れた黒づくめは、サラサラとした砂となって消えた。

誘われるように、求めるように。
あたしはそれに手を伸ばす。
もう片方の腕で、蓮を抱きしめて。


蝶に触れた瞬間、あたし達は世界から消え去った。


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