店。


キイィィン、という音が、ざあざあと雨が地面を打つ音と混じるように静かに止む。

四月一日が縁側へとたどり着くと、歪に伸びた空は既に元へ戻りつつあった。
庭の中央には、人。

―――自分と同じ高校生だろうか?
この辺りでは見かけた事のない灰色のブレザーを着た茶髪の少女は、もう一人の誰かを抱きしめたままぺたりと座り込んで動かない。
この距離と角度のせいで顔色までは伺えなかったが、その姿は先日やってきた強い覚悟と誠意を持った少年と被って見えた。

と、物思いに更けている場合ではない。
誰だか分からないが、雨に濡れたままと言う訳にはいかないだろう。
四月一日は慌てて玄関先に立てかけていた自分の傘を手にし、彼女らの所へと小走りで向かった。




「えっと、大丈夫ですか?」

「え・・・?」




雨に構わずそこにいた彼女の制服は、より濃いグレーに染まっている。
(・・・厚手の冬服だったから透けてはいないし見てもいないと、名誉の為に言っておこう。)
何かタオル的な物も必要だったかなと思いつつも、これ以上濡れないように後ろから傘をさして声をかければ、少女は俯いた顔を上げて四月一日をそっと見上げた。
それを見て、四月一日はギョッとする。


彼女の制服が濃いのは、水分のせいではなく。
首から胸元にかけて血まみれだった、というのもあるが。
振り向いた彼女の大きな瞳から、ぼろぼろと涙が溢れていたからである。


切羽詰った小狼の表情とは全く別。
予想もしていなかった事態に四月一日は泣いてるー?!と内心慌てながらもどう接すればいいのか分からず、「え?!あ、えええ?!!」とよく分からない擬音を発するしかない。
そのような中、虚ろな目でただただ涙をこぼしていた少女は狼狽える四月一日を見てようやく思考が此方側へと戻ってきたのだろうか。
はたと気づいた彼女はキョロキョロと周りを見渡した後、不意に叫びながら立ち上がっ
た。




「うぉ!」

ふ、不法侵入しちゃったあああ?!
え、どうしよ何この大豪邸ごめんなさいごめんなさい怪しいけど怪しい人じゃないんですううう!!!!」

「最初に思いついたのがそれかよ!」

「や、だってここ何坪?何坪ものなの?!
ごめんなさい庶民がこんな所きてすみませんってかこちらどこですかあなた誰?!」

「いやこっちも聞きたいっつか!」



あまりにもトンチンカンな第一声に思わず突っ込む。
突然立ち上がったせいでひっくり返った四月一日なんて目もくれず、パニック状態に陥った彼女は変な弁明をしながら謝り続けている。
その度ガクガクと揺さぶられる黒髪の人が不憫でならない。
(意識のない筈のその人から妙なプレッシャーというか怒気が伝わってくるのは気のせいではないだろう。)
取り敢えず落ち着かせそうとしたところで、背後から足音がした。




「その辺りにしないと、彼女、死んじゃうわよ。」

「侑子さん!」



緋色の番傘をさした侑子がその場で立っていた。
肩の上にはモコナ、そしてさっきの猫2匹が乗っている。
侑子が告げた言葉にはっとした少女は、自分の腕の中にいる人を見た。

彼女と同じブレザーを着たその黒髪の女の人は、だらりと手をおろしたまま目を閉じている。
胸の中心から広がる赤黒い色や、微かに浅く繰り返される呼吸音はその苦痛を連想させられる。
侑子さんの言う通り、今にも死んでしまいそうなその姿に四月一日は息を飲んだ。

ずしゃりと再び座り込んだ彼女は「それは困る・・・。」とぽつりと呟いた後、侑子の顔を見上げた。




「勝手に入って、ごめんなさい。
でも気づいたら、ここにいて・・・自分でもよく分かんなくて、」

「いいのよ。
貴方達がここに来る事も、決まっていた事だから。」

「決まってた、って」

「この世に偶然なんてない、全ては必然だから。」

「・・・じゃあ、ここって何処ですか。」

「店よ。
それ相応の対価と引き換えに願いを叶える、店。
願いがある人間以外、ここには入れないの。」




願いが、あるのでしょう?
侑子の言葉に、少女の顔がぐにゃりと歪む。
同時にぎゅ、と黒髪の少女を引き寄せるように抱きしめた。
魔女は目線を合わせるようにしゃがむと、未だ目を覚まさない少女の頬を指先でなぞる。





「この子の名前は?」

「蓮、です。」

「・・・そう。」

「あのっ、蓮ちゃんは・・・!!」

「“まだ”生きてる。
けれどこのままだと死ぬわ。」

「・・・死にません。」

「それは何故?」

「死なせたくないからです。
こんなつまんない理由で、蓮ちゃんが死んでいいはずがないし、死んで欲しくない。」




だから、死なせません。
冷酷とも取れる現実を告げられた事に警戒の色を示した彼女は、今にも涙が溢れそうな目で侑子を睨みつけてそう断言した。
それを見て侑子はスっと手を伸ばす。
ぎゅ、と少女は身構えた。




「・・・?」

「四月一日。」

「はいっ!」

「布団を用意して貰えるかしら。それから湯を沸かして。
マルとモロはタオルと着替えもお願いするわ。」

「「はーい」」

「わ、分かりました!」

「あ、あの、」

「まずはその格好をどうにかしましょう。
・・・大丈夫、アナタの願いは叶えるわ。」




四月一日は玄関へ急ぎながらも、気になって振り返った。
少女はポロポロと泣いている。
侑子は慈愛と哀しさを交えた笑みで彼女の髪を撫でていた。


雨は、未だに止まない。


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