さよなら。
おかしい。
疑念で頭の中が埋め尽くされていく。
あれから随分逃げ続けて、住宅街までやってきた。
この辺りは結構入り組んでいるから巻けると思ったのだが、黒装束の奴らはまだつけてきている。
「というかなんか数増えてる、よ・・・う゛ぇえ」
「目印になるから絶対吐くなよ。」
「蓮ちゃんの鬼ぃ・・・!」
振動が鳩尾を刺激しているせいで死にそうな光希がそう訴えかけたが、コチラはそんなのに耳を貸してる場合ではない。
や、むしろ吐きそうな事だけに気が向いてる分幸せか。と苦々しく思った。
おかしい、のだ。
随分時間が経ってるのに、日が沈まない。
今の時期ならとっくに辺りが暗くなってもおかしくないのに?
体感時間で長く感じているだけだとしても、夕日が沈まない何て事はあるのか?
太陽がその場から全く動かず、ずっと夕暮れの世界のままだなんて。
おかしいのだ。
随分走ったのに、誰にも遭遇しない。
これだけ走って誰にも会わないなんて事あるのか?買い物時なのに?
よく考えれば、あの時商店街には他にも買い物客で賑わっていたはずだ。
なのに逃げ出して振り返った時にはあの穴しかなかった。
彼らは、音も立てずにどこに消えたんだ。
おかしいのだ。
あの裂け目から見えた目。
どこかで見た気がするなんて事。
心当たりがあるのは、私の方なのか?
動悸が激しくなる。
そう、あの目は、どこで見た───?
おかしい、のだ。
「・・・行き止まり、なんてこの辺りになんかなかっただろ・・・!!」
随分知ってる地形なのに、すぐ抜けて学校に着く道を選んでいたはずなのに・・・
何で、目の前に壁がそびえ立ってるんだ!!
ダン!!と壁を蹴り飛ばすが、ビクともしない。
ペタンとその場にしゃがみこんだ。
灰色のそれは自分の身長よりも遙かに高く、とても越えられそうにない。
引き返す事も浮かんだが、追っ手に鉢合わせる事を考えたら選択肢から消えた。
本当、イカれてる。
ぐしゃりと頭を抱えながらそう思った。その一言に尽きた。
「・・・行き止まり?」
ふと、疑問の声が傍らから挙がる。
地面に這いつくばった(そう言えば落としたな)光希が、その状態のままペタリと壁に手を添わせた。
光希はペタペタと壁を触りながら暫く黙り込んだ後、立ち上がった。
「うん、大丈夫。」
「何言って・・・!」
トン、と肩を押される。
何が起きたか分からない。
「壁は“無い”よ。」
ズルリ、と。
一瞬変な感触がした後、視界がひっくり返った。
そして地面へとぶつかりそうになる。背を預けていた壁ではなくて、だ。
振り返るとそこにはまだ光希が立っている。
思わず宙を触ってみたら、透明ではあるがまだそこには壁があった。
私は、壁の向こう側にいた。
「は・・・?」
「だから言ったでしょー。
まだまだ年貢の納め時じゃない!ってね!!」
「言ってない上何だそのドヤ顔腹立つ。」
「酷い!!
感謝の一つや二つはされる働きっぷりだよ?!」
「・・・そんなのはどうでもいいからさっさとコッチ来い。逃げるぞ。」
「それはやだ。」
「お前・・・!」
「逃げて。蓮ちゃん。」
ヒュ、と息が詰まる。
足音が徐々に近づいてくる。
あいつは道の端にあった鉄パイプを拾い上げて、こちらを振り向いた。
その笑顔は無邪気にも、少し困ったようにも、泣いているようにも見えて。
その笑みが、誰かと被る。
ザザザ、と灰色のジャミングが視界をちらついて。
「色々とゴメンね。ありがと。」
「・・・っ、馬鹿言うなこの大馬鹿野郎!!」
「たははー、返す言葉もないや。
それじゃあ、」
手を伸ばすが届かない。
視界が赤に染まる。
───さよなら。
誰か、この救いようのない馬鹿を助けろよ、馬鹿。
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