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星紡ぎのティッカ10


 守る。その言葉が、ティッカの心を抉った。まるで、あの時に戻ったかのようだ。ティッカのなら大丈夫だから、とカペラにせがまれ、中途半端な御守りを渡した。結果カペラは死に、慢心した代償として星紡ぎの力も失った。ティッカでは、カペラを守ることが出来なかったのだ。彼女と同じ顔で、そんなことを言わないで欲しかった。ティッカには何も出来ない。なのに、師は星紡ぎの試練を課し、ステラは自分を守れという。やめてくれ、と叫びたかった。もう何も、期待などしないで欲しい。応えることなど出来ないのだから。
「ティッカ、どうしたの? 具合でも悪いの?」
 気遣わしげに、ステラはティッカの頭を撫でる。その手は皮肉なほど暖かく、星の光と同じ温もりだった。罪の意識と、懐かしさと、行き場のない憤りと――いろんな感情がないまぜになり、わけも解らず泣きたくなる。師の言う星の導きとは、なんなのか。これがそうだというなら、心を乱されるだけで向かう場所など見当も付かない。ティッカの行く道は、相変わらず暗いままだった。
「ごめん。ごめんなさい……」
 誰に謝っているかも分からなかった。死なせてしまったカペラか、眼前で戸惑っている少女か、ティッカを送り出した師匠か――あるいは天にある星々か。うわごとのように、謝罪の言葉を繰り返す。ステラはしばらく黙ってティッカの頭を撫で続けていたが、不意にその手が止まった。その動きにつられるように顔を上げると、少女の体温がふわりとティッカの身体を包んだ。
「そっちの事情は良く知らないけど、大丈夫よ。ティッカは私のことちゃんと守ってくれるわ。解るもの」
「……なんで、そう思うの」
 また『なんとなく』という、曖昧な言葉で誤魔化すのだろう。そう言外に問うと、ステラはいっそう強くティッカの身体を抱き締めた。
「うーんとねぇ、勘? でも絶対そうだって確信があるんだもの。……たぶん私は、ティッカに会うためにここに来たんだわ」
「なに、それ」
 この少女の言うことは、本当に意味が解らない。溜め息を吐きながらステラの身体を押し戻す。
 それと同時に、不穏な音がティッカの耳に届いた。ばきり、という、太い気の枝が折れたような音。
「え、何……?」
 突如として静寂を破った音に、ステラもまた身を震わせる。ティッカはすぐさま立ち上がり、辺りの様子を窺った。自然に枝が落ちた音、とは思えない。近くに野生の獣がいるのだろうか。暗闇の中に目を凝らし、虱潰しに木々の隙間を探していく。すると、そう遠くない場所に黒く大きな影が見えた。ティッカの視線を追って影を見つけたステラが叫ぶ。
「――熊っ!?」
「わっ、馬鹿!」
 慌てて少女の口を塞ぐが、既に遅かった。叫び声に気付いた熊が、のそりと首を回す。闇の中に光る双眸が、二人を見据えた。この辺りで熊が人を襲った例はあまり聞かないが、今は時期が悪い。刺激しないように、とにかく冷静に対処しなければ。そう自分に言い聞かせていたティッカは、ステラの様子にまで気が回らなかった。恐怖心のまま、彼女は後退り逃げようとする。ティッカが気付いたのは、ちょうど彼女が足を踏み外した瞬間だった。
「きゃあっ!」
「ステラ!」
 傾斜が強く崖のようになっていた地面から、ステラの身体は宙に投げ出された。咄嗟にティッカは手を伸ばす。辛うじて彼女の手を掴むことに成功したが、支え切れなかった。そのまま体勢を崩し、ティッカの身体を地面が打つ。止める術もなく、ティッカはそのまま斜面を転がり落ちた。枯れ枝や石に引っかかりつつも重力には逆らうことが出来ず、視界は目まぐるしく移り変わっていく。散々地面に弄ばれてようやく終点に着いた頃には、ティッカはすっかり目を回していた。
「いたた……」
 何度か目を瞬かせながら、なんとか身を起こす。服はすっかり泥だらけで、破けてしまった箇所もあった。あちこち擦り傷が出来たうえ、何かの拍子に口の中を噛んだらしい。微かに血の味がする。それでも、なんとか命に関わるような怪我は免れたらしい。その事にひとまず安堵したティッカは、次にステラを探した。彼女も一緒に落ちたはずだ。幸い、近くの地面で伏せている姿をすぐに見つけることが出来た。



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