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星紡ぎのティッカ9




 ステラ、と少女の名前はいうらしい。古い言葉で《星》を意味する言葉なのだと彼女が名乗ったのは、もう随分歩き回ってからのことだった。大事な物を無くした、という割に、彼女は妙に楽しげにティッカの手を引く。実は、単に遊び相手が欲しかっただけなのではなかろうか。そんな風にも思い始めていたが、どうせティッカは村には帰れない。聞き分けのない少女を森の中に一人で放って置くよりはと、素直に振り回されてやることにした。
「そういえば、ティッカの探し物ってどんな物なの?」
 ステラがそんなことを尋ねてきたのは、森の深部までやってきた頃のことである。彼女と出会った時の様子と比べると、森の様相はがらりと変わっていた。木々の密度は高くなって月明かりもなかなか届かないし、平坦だと思っていた地面も起伏が激しくなってきていた。森というより、山道と表現した方がしっくりくるぐらいだ。
「……さぁ。見てみないと、分からないものだから」
 今更になってそれを聞くのかと思いつつも、ティッカは少女の問い掛けに言葉を返した。ステラ以上に曖昧な答えがなんとも滑稽だが、仕方がない。守護の石は形が決まっているものではないのだ。レドのものは黒っぽくて光沢のある石だったが、ティッカの守護の石も同じであるとは限らない――そもそも、存在するのかさえ疑わしいが。
「ふーん、そうなの……あ、次こっちね!」
 ティッカのあやふやな回答を特に気にする様子もなく、ステラは次の道を指差して笑う。彼女が選ぶ道に規則性は無く、思い付きで決めているようだった。そのせいで帰り道が分かるかどうかも危ういが、ステラの表情には一片の陰りも見えない。むしろ上機嫌に、鼻歌さえ歌い出しそうな調子で軽快に斜面を登っていく。
「なんか、楽しそうだね」
「楽しいわよ。なんだか探検してるみたいで」
 何気なく呟いた疑問に即答され、ティッカは困惑した。どうもこの少女は、不安というものからは無縁であるらしい。これでは、色々と気を揉んでいる自分の方が馬鹿のようではないか。
「……落とし物は、いいの?」
「大丈夫! なんとなくティッカと一緒だったら見つかる気がするの」
 まさか忘れているのでは、と尋ねてみれば、何の根拠があるのか自信満々にステラはそう言い切った。一緒に探しているティッカは、その落とし物の詳細さえよく知らないままだというのに。
「ティッカは楽しくないの? ずっと渋い顔してる。探検は嫌い?」
 かと思えば、今度はステラが問い掛けてくる番である。自身の表情を指摘され、ティッカは内心ぎくりとした。嫌、という訳ではないが、どうステラに接して良いのか測りかねていたのである。年下の面倒を見ること自体は苦痛に感じないが、彼女はカペラに似すぎていた。違うということは理解している。しかしその瞳を見るとどうしても罪の意識がくすぐられ、どんな顔をすればいいのか分からなかった。
「嫌いとかじゃないけど……危ないし」
 それこそ、昔はカペラに引っ張られて森や洞窟に探検に行ったものだった。活発なカペラが先を行き、ティッカが危ないと引き留めても聞きはしない。確かに楽しかった思い出でもあるが、今はそんな状況ではない。ついさっきまで凍死してしまおうと考えていたくらいなのに、楽しめる心境にあるわけがないではないか。それにステラが意識せずとも、その容姿は否応なしにティッカを責め立てる。気まずさと罪悪感に口ごもるティッカに、ステラは更に追い討ちをかけた。
「大丈夫よ! 何かあったらティッカがちゃんと守ってくれるんでしょ?」
 無邪気に放たれた台詞に、ティッカは足を止めた。否、動けなくなってしまった。そのままずるずると座り込み、膝を抱える。ステラが不思議そうに振り返ったのが、気配で分かった。
「ティッカ?」
「……守れないよ」



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