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星紡ぎのティッカ8


「……だれ?」
 首を傾げ、少女は尋ねる。
 ――その顔を見て、ティッカは絶句した。似ている。若草色の大きな瞳に、頬に散ったそばかす。ティッカを見たときの仕草も、その声までも。
「カペラ……!?」
 あまりにも、ティッカの幼なじみとそっくりだった。髪の色を除けば瓜二つと言っていい。最後に村で別れたきり会えなくなってしまった少女が、まるで生きて帰ってきたかのようだった。反射的にカペラの名を呼んだティッカに、少女は困惑した目を向ける。
「カペラ? それがあなたの名前?」
「あ……いや、違うよ。ごめんね、知り合いに似てたから、びっくりして……」
 我に返って訂正をしながらも、ティッカは肩を落とした。そうだ、カペラな訳がない。彼女は帰らぬ人となってしまったのだから、いくら似ていたとしても他人にすぎないのだ。
 今更そんなことを考えるなんて、馬鹿げている。そんな自己嫌悪の渦に呑まれ、ティッカはそれ以上何を話して良いのか分からなくなってしまった。しかし少女はティッカの様子に気付かないのか、無邪気に問い掛けを重ねる。
「ふーん? じゃあ、あなたの名前はなんていうの? なんでこんな所に居るの?」
「……ティッカ、だよ」
 幾ばくかの間を置き、ようやくティッカは少女の質問責めに言葉を返した。本来の目的を忘れてはいけない。声を掛けたのは、この少女を森の外へ送ってやらなければと思ったからだ。落ち込むなら、後で勝手に落ち込めばいい。やっとそう思い直したのである。
「君こそ、どうしてこんな時間に森にいるの? 一人で何してたの?」
「私はね、落とし物しちゃったの。確かにこの森に落としたはずなんだけど……」
 問い返すティッカに、少女は素直に言葉を返した。言いながらもその落とし物を探すように当たりを見回した後、何かを思い付いたようにティッカに食い付いた。
「ねぇ、ティッカは私の落とし物見なかった? 金色のお花なの」
「金色の花……? 分からないな」
 随分抽象的な表現だと思ったが、ティッカは深く考えずに首を振った。その落とし物が何であるにせよ、ティッカは森に入ってから木と草と石ころしか見ていない。期待した答えが得られなかった少女は、明らかに落胆した様子で溜め息を吐いた。余程、大事な物らしい。
「ねぇ、明日もう一度来て探すんじゃだめかな? 夜行性の獣も出るから危ないし、明るくなってからの方がきっと探しやすいよ」
 意気消沈する少女を可哀想にも思ったが、一人でうろつかせるのは危なすぎる。出来るだけ穏やかな口調で帰宅を促すが、少女は対抗するようにキッとティッカを睨みつけた。
「だめよ! すごく大事な物なんだから、早く見つけなきゃ……それに、そんなに危ないんなら何であなただって森にいるのよ!」
「それは……」
 宥めるつもりが逆上され、ティッカは答えに窮した。確かに少女の言う通りなのだが、自分には帰るに帰れない事情がある。どう説明すれば納得してくれるか悩んだ沈黙の間を、彼女は都合良く解釈したようだ。まるで口喧嘩に勝ったかのように、少女は胸を張る。
「言い返せないんだったら、私のことだって言えないわよね。で、ティッカは何してたの?」
 つい先程までの落ち込んだ表情はどこへやら、興味津々といった様子で少女はティッカの顔を覗き込んだ。こんなところまで、カペラにそっくりだ。彼女も、よくこんな調子で会話の主導権を奪ったものである。
「……探し物。見つかるまで帰れないんだ」
「ふーん。なるほど……」
 苦々しく言葉を返すティッカを、少女は何かを思案するように眺めていた。ここまでの流れから考えて、あまり良い予感はしない。
「そうだ、良いこと思いついた! ティッカも私も探し物が見つかるまで帰れないんだから、二人で一緒に探したらいいのよ。そしたら、危なくないでしょ?」
 さも名案を思いついたというように、少女は手を叩く。確かに一人よりはましだろうが、あまり解決策にはなっていない気がする。
「いや、あの」
「よし、決めたわ。よろしくティッカ! しゅぱーつ!」
 ティッカの手を取り上下に振り回したかと思うと、少女はそのまま自分を引きずるように歩き出す。声を発しようとしているティッカのことなどお構いなしだ。
「いや、ちょっと、待ってよ……!」
 ずんずんと前を行く少女の勢いに呑まれ、ティッカは提案を拒む機会をすっかり失ってしまった。



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