恋月想歌13



 無我夢中で走ってたどり着いたのは、教会前の小さな広場だった。中心に聖女の銅像が据えてある他は目ぼしいものは無い。昼間は遊ぶ子供たちの声で賑やかだが、夕方にもなれば閑散としたものだ。当然、こんな深夜には人の姿が見当たるわけがない――本来ならば。そこには、二つの動く気配があった。
「やめろと言ったのに……肝心の獲物が喰えなくなるぞ」
 そのうちの一つから、呆れたような声が聞こえた。もっとよく見ようと目を凝らすと、黒い人影と、その足元にいる大きな獣が辛うじて見えた。犬、だろうか。それにしては大きい。大柄な成人男性くらいはありそうだ。興奮しているのか、全身の毛が逆立っている。目を赤く輝かせ、地面にある何かに繰り返し噛みついているようだ。一体何を、と更に目を凝らしたことを、次の瞬間に後悔した。
「ひっ……」
息を詰まらせ、リムは声にならない悲鳴をあげた。見えたのは、ボロボロになった布。そしてそこから覗く、白い手。獣が食らいついていたのは紛れもなく人間の――年端もいかぬ少女だった。口の周りを赤黒く汚しながら、その肉を喰らう。先程聞こえたのはこの少女の断末魔だったのだ。
 反射的に後ずさった物音に気づいたのか、佇んでいた人影がこちらを振り向いた。
「飛んで火にいる、というやつか。獲物が自ら出向いてくるとは」



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