恋月想歌14
短く整えられた黒髪は闇に呑まれることなく艶めき、その瞳は血に濡れたような、赤――ヴァンパイアだ。美しさゆえに異形ともとれる青年の口元が、三日月に歪められる。
「えも、の……?」
自分を見て獲物、と言っただろうか。一体何の……?
リムの呟きなど聞こえないかのように、青年は足元の獣に語りかけた。
「さぁ、前菜もそれくらいにしておけ。今日のメインディッシュだ」
青年の声に反応して獣は顔を上げると、血で汚れた口元を拭うように舌なめずりした。低く喉を鳴らすと、その紅眼でリムを捉える。
――逃げなければ。頭では理解しているのに足がすくむ。まるで地面に縫い付けられてしまったかのように動かない。声をあげようにも、喉さえひきつって僅かに音が零れるだけだった。
「あ……」
そうしている間にも、獣は徐々に距離を詰めてきていた。リムが動けないのを解っているのか、まるでいたぶるように一歩ずつゆっくりと歩を進める。やがて位置を定めたのか、頭を低くし、飛び掛かる体勢を整えた。そして唸り声をあげ、後ろ足で強く地を蹴り飛び上がった――喰われる。そう覚悟して目を強く閉じた時だった。
「ギャウウゥ!」
獸の奇妙な叫び声と共にバチン、と何かを弾くような音が聞こえた。
「……予想通りではあったけど。君には困ったものだね、ディアン」
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