恋月想歌9


「――マリアは神から授かった力でヴァンパイアを滅し、村には平和が戻ったといいます。それ以降彼女は聖女として祀られ、後世にも加護が得られるようにと彼女の歌っていた歌がそのまま聖歌になったんです」
 慣れた口調で、リムは話し終えた。この聖歌はイーゼ特有のものであり、時々訪れる街の人間などが珍しがって尋ねてくることも多い。説明するのは大抵リムの役目なので、聖歌の解説はお手のものだ。
「……なるほど。そういう風に伝えられてるのか」
 全て聞き終えたレストは妙に神妙な面持ちで頷くと、そう呟いた。
「レスト、さん?」
 奇妙な反応に戸惑って名を呼ぶと、彼ははっとしたように顔を上げた。
「何でもないよ……それより、ヴァンパイアは実在しないものだと思っていたけれど」
 そう、一般的にヴァンパイアとは架空の存在とされている。人々を戒めるために聖書に描かれたもの、というのが多くの人々の共通認識だ。実際に過去にあった、ということを前提にして話すリムに疑問を覚えるのは、自然なことだった。
「ええ、そうです。でもこの村では聖書以外にもヴァンパイアの記述がある歴史書が多く残っていて……それに」
 流暢に語っていた唇が、突如鉛のように重く閉ざされた。大事なことを、思い出したのだ。自分は少々舞い上がりすぎていたようだ。本来なら最初にこの事を告げ、早く立ち去るように警告しなければならなかったのに。いや、今からでもまだ遅くない――小さな決意をすると、ようやくリムは口を開いた。



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