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恋月想歌8


「先程までミサが行われていましたが……それが何か?」
「いや……歌が、聞こえた物だから」
 どこか懐かしむような、寂しさを隠すような色を瞳にたたえ、レストは言った。歌といえば聖歌だろうか。古くからこの教会で歌われているものだが――彼にそんな表情をさせる何かが、あるのだろうか。
「多分、聖歌だと思います。昔からイーゼに伝わるもので、かつて聖女がよく口ずさんだ歌が元になっているそうです」
「聖、女?」
 簡単に説明をすると、レストは目を見張り少し驚いた様子だった。
「詳しく話を聞いてもいいかい?」
 もちろん構わない、とリムは頷いた。『調べ物』とはもしかして聖歌のことだったのかもしれない。特に深く考えることはせず、リムは歌の歴史をかいつまんで説明し始めた。自分の知識が彼の役に立つなら、それは嬉しいことだ。
「――イーゼにはヴァンパイア伝説、というのがあるんです」
 ヴァンパイアというのは、聖書に描かれている背徳者のことだ。地方によって姿形に差はあるが、いずれも人の血を啜る赤目の化け物とされている。
「はるか昔、イーゼの西の森にヴァンパイアが住み着き、次々に村人を襲ったそうです。それを憂いた神は一人の女性に聖なる力を与え、ヴァンパイア退治に向かわせました。それが聖女マリア」
 そこまで話すと、レストの表情が一瞬だけ動いた。しかしそれはほんの僅かで、どういった感情を宿したものかは解らなかった。気のせいかとも思い、リムは続けた。



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