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15


 それ以上何を言うわけでもなく、ルカは少女が去っていった方向をただ見詰めていた。そのまま微動だにしない彼女を、ゼキアは横からせっつく。
「俺たちも行くぞ。もう用は済んだんだ」
「うん……」
 返事をしながらも、ルカの瞳はこちらを見ない。目くじらを立てて騒がないだけ、市場の時よりは冷静なのかもしれないが再び暴走されては敵わないとゼキアは語気を強めて釘を刺す。
「もういいだろ。ただでさえ貧民層は街の奴等に良い感情は持ってないし、あいつらもそうなのは解っただろ。感謝されたいなら無理だ、諦めろ」
 ルカも流石にこれ以上深追いする気は無かったのか、黙ったままそれに首肯する。
「だったら、さっさと――」
「あのね」
 さっさとしろ、と言いかけたゼキアを制するようにルカは口を開いた。だが人の言葉を遮っておきながら、彼女はまたも押し黙る。
「……なんだよ」
 言い渋るルカに苛立ちを隠そうともせず、ゼキアは先を促した。騒がれるのも困るが、先程からぐずぐずしているのも鬱陶しい。ゼキアの心情を察しているかどうかは定かではないが、ようやくルカ続きを語り始めた。
「……私、何も知らなかったのね。街の治安が良くないのも、貧富の差があるのも知識はあったけど、全然実際のこと解ってなかった。たとえ貧民街でも街中で“影”に襲われるなんて思わなかったし、街の人同士であんな諍いがあるのも知らなかった」
「そりゃあそうだろうな。お前の場合それで不都合は無いだろうし」
 別段、不思議なことではない。知識があったならまだ良い方だ。彼女がどこの富豪の令嬢かは知らないが、きっと街の暗部に晒されぬよう大事にされてきたのだろう。そんな人物が負の感情を伴ったイフェスを初めて見たならば、衝撃を受けるというのも理解できる。ましてや“影”については、貧民街に住んでいるのでもなければ殆どの者は縁が無いのだ。知らないのは当然だろう。だからこそ、感覚が噛み合わなくて彼女の言動が気に障る。そうやって善人面できるのは、お前がなにも知らないからだ――何度、そんな台詞が喉元まで出かかったことか。皆まで言わずとも、言葉の端々に含まれる棘は隠せない。
 ルカもそれに気付かないわけではないのだろうが、彼女は特に憤慨するでもなく淡々と話し続けた。
「私ね、イフェスが好きよ。生まれ育った街だもの。何を見てもそれは多分変わらないわ。でも、その大好きな街の人達が傷付け合っているのは嫌。だから、少しでもなんとかしたかった」
 大きく息を吐くと、ルカはそれきり黙り込んだ。だが彼女がいくら肩を落とそうと、慰めてやる気など起きない。逆に嘲笑ってやりたいくらいだった。彼女が言っているのは夢見事である。街の誰しもが現状に慣れきっていて、それが当たり前の日常だ。誰も日常を壊したいなどと思わない。必ず解り合えると理想を語った者も知っていたが、結局は裏切った。それを目の当たりにしてきた以上、ルカの言葉を真に受けようとは思わない――そんなものは、幻想だ。


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