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「ああ、そうだな。そのわりにお前の話聞いたことねぇけど……光の子なんて、有名になりそうなものだけどな」
 類い希な光の息子、加えてルアスの場合は大変に見目も良い。学生の間で話題になってもよさそうなものだったが、学院に在籍している間耳に入ってきたことは一度もなかった。しかしルアスにとってその辺りのことは重要ではないらしく、首を捻るゼキアに構わず別の質問を投げかける。
「あのさ、魔法の講師の、シェイドって分かるかな?」
「魔法の……?」
 言われて記憶を遡ってみるが、該当する人物は思い当たらなかった。だが講師と言っても数が多いし、五年前ともなればあやふやな部分もある。単に思い出せないだけかもしれない。
「……分かんねぇな。それがどうかしたのか?」
「あ、うん。あのね――」
 ルアスが何かを切り出そうとしたその時、店の扉を叩く音が鳴り、二人はそちらへ目を移した。こんなに来客が多い日も珍しい。しかし今度の客は、ノックしたきり中に入ってこようとはしなかった。営業中の札は掛かっているはずなので、顔見知りなら躊躇する理由は無い。まさかとは思うが、またルカ達が戻って来たのだろうか。
「……誰だろう。見てくるね」
 ゼキアが何か言うより先に、ルアスが席を立った。此方の心境を察したかのような動きに己を不甲斐なく思いつつ、彼の足取りを目で追う。やがて扉を開いたルアスから、驚きの声が上がった。
「――シェイド!?」
 ルアスの肩越しに見えたのは、痩身の、黒い髪と目を持つ男だった。全く見知らぬ顔である。だが、ルアスの様子を見るともしや知り合いなのだろうか。
 そこまで考えて、ゼキアはふと今し方の会話を思い出した。その名前は、先程学院の講師だと言っていたものではなかっただろうか。
「こんにちは。少し、お邪魔させてもらうよ」
 そう言いながら、男は店の中へと足を踏み入れた。その瞬間、ぞくり、と背筋に悪寒が走る。何だろうか、この不快感は。反射的に身構えて客人を睨むが、男は素知らぬ顔でゼキアに微笑みかける。
「君が、ルアスの言っていたゼキアさんかな。色々とお世話になったみたいだね。今日はルアスを迎えに来たんだ」
「……話が見えないんだが」
 唐突すぎる話に疑念を感じてルアスに視線を送ると、彼もまた困惑したように答えた。
「えっと、シェイドは学院にいた頃にお世話になった人で、さっき街で偶然会って、もしかしたら学院に戻れるかもしれないって話で……でも、それはまた今度って」
「少し、事情が変わったんだよ」
 しどろもどろに説明するルアスを遮り、男は笑みを深めた。闇色の瞳が細められ、青白い肌に血の気のない唇が不気味に弧を描く。その様はどこか陰湿な印象を与え、男が影を纏ったように周りより暗く見える気がした。
「これ以上話していると、余計なことを言われそうだったからね。それに君が以前同胞を焼いた炎の持ち主なんだろう? あれは堪えたみたいだからねぇ。傍にいられると面倒そうだ。知ってれば、もう少し早く迎えに来たんだけど」
「あんた、何を言って……」
 つらつらと訳の分からないことを並べ立てる男を問い詰めようとして、しかしゼキアは口を閉ざした。男が纏う影が、突然ざわめき始めたのだ。一瞬、己の目を疑う。しかしそれは確かに生き物のように蠢き、波打ち、凝縮された闇となって男の足元に集っていく。
「そういうことだから、返してもらうね――その子、大事な素材なんだ」
 男が、軽く横に手を滑らせる。それが合図だった。足元にある影の沼から、夥しい数の黒い手が湧いて出る。それは意志を持ったように、一点を目掛けて襲いかかった――ルアスの元へ。
「うわぁああ!?」
「ルアス!」
 瞬く間に黒い手はルアスを絡め取り、彼を包み込み繭のような形を作っていく。慌てて手を伸ばすが、間に合わない。ルアスは影の中に飲み込まれ、そのまま沼の中に沈んでしまう。
「くそっ、てめぇ!」
 魔力を手に込めて放とうと振り返るが、何もかも遅かった。男自身も黒い手に身を委ね、闇の中へと埋もれていく。
「じゃあ、さようなら。二度と会わないだろうけどね」
「ふざけんな! 待ちやがれ――!」
 叫ぶ声も虚しく、ぴちょん、と水音にも似た響きを残して男の姿は掻き消えた。黒い手も、影の沼も何もない。一瞬で消えてしまった。最初から、何も無かったかのように。
「……嘘、だろ」
 呆然と、ゼキアは呟いた。まるで悪夢。いや、夢ならどれほど良かっただろうか。ただ手を付けられないままだった二人分の食事だけがは、これが現実であるということを主張していた――。


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