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「#幼馴染」のBL小説を読む
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 今でも、あの時の光景は眼裏に焼き付いたまま離れない。ことあるごとに記憶は鮮明に蘇り、きっとこれから先も消え去ることはない。あれほどに誰かを呪い、己の無力を嘆いた日が他にあっただろうか。
 後々、風の噂でオルゼスが騎士団長に就任したと聞いた。前任のファビアンが病気で急逝し、過去の功績が認められ副団長の彼が繰り上がることになったらしい。その功績というものの中には件の“影”の討伐も含まれていると知って、オルゼスへの敵愾心がますます膨らんだのを覚えている。それは最早自分でも制御が出来ず、再びその姿を目にしたとき時間が巻き戻ったかのように感情が噴き出してしまった。
 しかし今は、不思議と心は凪いでいる。声が震えた場面はあったものの、激昂することはなかった。眼前の少年が、ひたむきに話を聴いていてくれたお陰だろうか。
「……それで、その後はどうしたの?」
 恐る恐る、といったようにルアスは口を開いた。昼食を用意して席に着いたのはいいものの、結局それは腹に収まることなくすっかり冷め切ってしまった。どことなく彼の顔色が優れないのは、きっと気のせいではないだろう。話の途中、ルアスは何度も眉をひそめながらも静かに相槌を打っていた。素直で、優しい少年だ。聞いているだけで心を痛めただろうに、ゼキアのことを慮って余計な口を挟まないようにしていたのだろう。そんなことをすれば揺らぐ感情を刺激してしまうと、解っていたのだろう。
 そんな彼の心労を減らそうと、ゼキアはわざと軽い調子で答える。
「まぁ、村にも帰るに帰れなかったしな。学院出た後あちこち彷徨って貧民街に辿り着いたんだが、レオナさんが声掛けてくれてな。しばらく世話になってたんだよ」
「そっか……それでネルもルピもあんなに懐いてるんだね」
 見知った貧民街の住人の名前が出ると、得心がいった、というようにルアスが頷く。それに同調するようにゼキアは続けた。
「ネルもまだこんなんだった。物をよく壊すのは昔からだな」
 こんなん、と低い位置を手で示しながら冗談めかして言うと、ようやくルアスの表情が和らいだ気がした。ひとまずはそれに安堵し、ゼキアは質問の答えに話を戻す。
「随分後になって、生き残りが村を復興させようとしてるって話は聞いたけどな。今更どの面下げて戻ればいいかも分かんねぇし、色々考えた結果がこの店だな。恩返しじゃないが、何か役に立てればと思ってな」
 レオナ一家には、随分救われた。他の住人達もゼキアの為に心を砕いてくれた。いくら感謝しても足りないくらいだ。こんな店でも、せめて彼らの生活の助けになればいい。
「今あるものくらいは、守らないとな」
 そのために、作った場所だ。これは新しく得た大切なもの達を傷つけられないための、精一杯のゼキアの抵抗だった。
「……うん。僕も手伝うよ」
 殆ど独り言のようなものだった最後の言葉に、ルアスが強く頷いた。彼の申し出に自然と笑みが零れる。その事実に、ゼキアは驚いていた。あの話をして、こんなに穏やかな気持ちでいられるとは思っていなかったのだ。思えば、こんな風に誰かに過去の話をするのは初めてである。全てさらけ出したことで何かが吹っ切れた、とも言えるかもしれない。禍根は無くならないが、自分の中で折り合いをつけていかなければ進めなくなる。少なくとも、その努力をするべきなのだ。この程度で動揺してあるなど、本当に情けない話だった。そう思わせてくれるこの少年もまた、“大切なもの”の一部なのだろう。
 ――守るべきは、今なのだ。
「ねぇ、もしかしてゼキアと僕、学院にいた時期被ってるよね?」
 ふと、思い立ったようにルアスが言った。そういえば、とゼキアはお互いが学院で過ごした期間を整理してみる。ルアスがマーシェル学院に来たのは物心つくかどうかという幼い頃で、退学になったのはごく最近のこと。自分が居たのは五年ほど前までだ。確かに同じ時期に学院にいたことになる。


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