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「……離せっ!」
 咄嗟にその手を振り払おうとするが、彼の力には敵わなかった。落ち着け、と、鉄色の瞳が言外に告げる。
「閣下。お言葉ですが、その策では犠牲が多すぎます。精鋭で“影”を食い止め、先に村人を避難させるべきです。襲う相手がいなければ、奴らも巣に引き返すでしょう。そうすればいくらでも他の方法が取れます」
 ゼキアを制しながら、あくまで冷静にオルゼスは意見した。その声を聞き、ゼキアも少しだけ平静を取り戻す。彼なら、こんな支離滅裂な作戦を許しはしない筈だ。微かな期待を胸に、ゼキアもまたファビアンの顔色を窺う。
「……お前は私のやることに何かと口を挟むな、オルゼスよ。そんなに手柄を自分の物にしたいか?」
 小さく、舌打ちする音が響く。案の定、今し方とは打って変わりファビアンの機嫌は急降下したようだった。顔をしかめてオルゼスを睨むと、わざとらしいほど大きく息を吐く。その態度にも怯むことなく、オルゼスは反論した。
「そうではありません。守るべき対象の人々を囮に使うのは如何なものか、と申し上げているのです。それに彼らが犠牲になることは、ひいては国の損害に繋がります」
「その、国からの命令であるぞ。尊き血筋に犠牲が出る前に、早急に“影”を殲滅せよ国王陛下は仰せだ。そのための手段は問わないともな。ろくに税も納めぬ人間など家畜以下だろう。燃やしたところで何の問題がある。元より、王はこんな貧村の者共を国民とは認めてはいないのだから」
 荒々しい口調で、ファビアンは随分と横暴な理由を並べ立てた。税が払えないのは、ろくに国を統治も出来ない王自身のせいではないか。身勝手すぎる言い分に歯噛みしながら横目でオルゼスを見やると、彼もまた微かに顔を歪めていた。
「ですが――」
「くどい。身の程をわきまえろオルゼス。なんなら今すぐに伝令を走らせ、陛下に処罰のお伺いを立ててもいいのだぞ。……お前も、家族は大事だろう?」
 反論しようとしたオルゼスの言葉は、冷徹な声で遮られた。高圧的に、そして最後だけは囁きかけるように。
 オルゼスの視線が彷徨う。ファビアンから外され、足元へ落ち、そして傍らのゼキアへと。
「……オルゼス」
 戸惑いながらも彼の名を呼んだ自分は、きっと縋るような顔付きだっただろう。これから起こるかもしれない惨劇を回避するのは、ゼキアの力だけでは適わない。そして、オルゼスしか頼れる者はいなかった。思い出すのは、幼い日の記憶である。粗暴な振る舞いをする騎士から救い出し、彼は故郷を守らないかと手を差し伸べた。騎士団の現状を憂う彼ならば、きっと――。
 しかし、次の瞬間ゼキアは己の甘さを思い知らされることになった。
「……申し訳ありません。出過ぎた真似を致しました」
 オルゼスの瞳が再びファビアンを映す。彼は敬礼を取ると深々と頭を垂れ、そう詫びた。
 何が、起こったのだろう。
「ふん、解ったのならその餓鬼をどうにかしておけ。騒がれて作戦に支障が出ても面倒だ。故郷は、後で存分に眺めさせてやれ」
 言葉の意味が理解できないまま、ゼキアは呆然と立ち尽くした。オルゼスは、一体どういうつもりなのだろうか。このままでは村が焼かれてしまう。“影”に人々が襲われてしまう。なぜ、という言葉が無限に湧き出て、頭の中を蹂躙していく。何回答えを探しても、解らなかった――否、その答えを信じたくはなかった。
 オルゼスは、デルカ村を見殺しにする事を選んだのだ。
「どうして……」
 そんな一言を絞り出すのが、精一杯だった。半歩ほど前にいる彼の表情はよく見えない。命令を下す団長に、庇護してきたゼキアに、デルカ村の人々に、オルゼス何を思っているのだろうか。
 ふと、その身体が翻る。瞬間、鳩尾に激しい衝撃を感じた。予期していなかった痛みに、意識が遠のいていく。
「く、そ……」
 何かを訴えたくともそれは適わず、ゼキアの視界は暗転する。闇に飲み込まれる寸前に、掠れたオルゼスの声が聞こえた気がした――すまない、と。


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