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 緩やかに、意識が浮上する。水底から徐々に明るい水面へ向かうように少しずつ自我を取り戻し、ゼキアはのろのろと瞼を持ち上げた。
 暗い。外はもう日が落ちたのだろうか。天幕には僅かな隙間があったが光が差し込むことはなく、頼りないランプの光だけが辺りを照らしていた。未だ鮮明とは言えない知覚で、ゼキアは周囲を見回す。人の気配はない。どこかの下級騎士の天幕だろうか。目に入る備品は地味な見た目の最低限の物ばかりで、数人も中に入れば窮屈であろう広さの床にゼキアは横たわっていた。何がどうなって、自分はここにいるのだったか。現状を思い出すべく身を起こすと、鳩尾に鈍い痛みが走った。それをきっかけに、倒れる前の出来事が一気に脳裏に蘇った。
「そうだ、村が!」
 “影”が村を襲おうとしていたこと、騎士団長の下卑た微笑み、そしてオルゼスの横顔。それらが目まぐるしく浮かんでは消える。気付いた時には、ゼキアは天幕を飛び出していた。未だに殴られた場所の鈍痛が尾を引いていたが、そんなことに構ってはいられなかった。早く、村が見える場所へ。どうか無事であってくれと祈りながら、ひたすらに駆ける。
 無我夢中で走るうちに、駐屯地の端へと行き着いた。邪魔な天幕を避けて、村がある筈の方角を見る。既に夜は更けて空は黒く塗り潰されていたが、それに逆らうかのような明かりが遠くに見えた。騎士団、だろうか。だが彼らが持つ光にしては明るすぎる気がする。あれは、もっと大きなものだ。
 訝しむゼキアの頬を、生温い夜の風が撫でる。それに混じって、不快な臭いがゼキアの鼻腔を刺激した。これは何の臭いだろうか。確実に知っている気がするのだが、どこかに記憶を落としてきたかのように思い出せない――否、思い出すことを精神が拒絶していた。だが、事実が変わることはない。これは、何かが燃える臭いだ。幼い頃に焚き火をした、大人達がごみを処分するために火を使った、あの臭い。
 背筋に、嫌な汗が伝う。それに気付いてしまったら、もう誤魔化すことなど出来なかった。あの光も、騎士団の持つ明かりなどではない。一目見れば解ったはずなのだ。ただ、違うと思いたかっただけ。
「……嘘だ」
 村が、燃えていた。煌々と輝きを放ちながら炎は空までも手を伸ばし、全てを焼き尽くさんと村を呑み込んでいた。あれでは、何も残らないだろう。
 正しく現実を認知した瞬間、ゼキアは膝から崩れ落ちた。あれは自分の魔力で作られた炎なのだろうか。故郷を救いたくて磨いてきた力の筈なのに、それがなにもかもを奪ってしまった。両親は、妹は、友人達はどうしただろう。せめて逃げおおせてくれていれば、と願う。命だけでも助かっていれば――しかし、ただでさえ貧しく、築いてきたものさえなくなった村で、どうやって彼らが暮らしていけようか。
「なんで、こんな事に……」
 嘆いたところで、最早そんなものは意味を成さなかった。もう、どうにもならない。全ては後の祭りだ。胸には虚無感ばかりが広がっていく。


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