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 数日後。マーシェル騎士団は国境付近の平野に駐屯地を構えていた。ゼキアの故郷であるデルカ村に程近い場所である。今回の任務の内容は、この近辺に発生する“影”の討伐だった。元より夜になればどこにでも現れる厄介者であるが、どうもその量が尋常では無いらしい。普段なら、明かりを持ち整備された街道を通っていればそれほど問題はない。しかし群れで襲い掛かって来られてはとても自衛しきれないと、騎士団の出番となったのである。
 そして、その駐屯地の天幕のひとつにゼキアはいた。
「お前が、例の学生か」
「はい。ゼキア・レードです。宜しくお願いします」
 慣れない敬語で挨拶をし、覚えたばかりの礼をとる。ゼキアが訪れていたのは、騎士団長が使用している天幕だった。他が使っている物より一回りは大きく、内装もやたらと華奢である。五人は横になれそうな程大きなベッド、美しい木目の椅子とテーブル。この辺りまでは、まだ理解できた。だが獣の剥製や色鮮やかなタペストリーなどは、明らかに遠征には不要な物ではなかろうか。それに加えて、眼前で足を組む団長本人の服装である。袖や襟にひらひらとした布がついた衣装に、指に輝くいくつもの宝石。定められている筈の騎士団の制服など、その面影すら見当たらなかった。同じような服がはみ出た衣装箱まである。
 ――自分は、貴族の道楽を見学に来ていたのだろうか。騎士団の遠征というのは、実は勘違いだったのかもしれない。傍らのオルゼスがいなければ、本当にそう思ってしまったかもしれない。
「オルゼスよ。こいつの面倒はお前に任せるぞ」
「承知しました」
 尊大な物言いの団長に、オルゼスは几帳面に低頭する。その様子が滑稽に見えて仕方がないのは、ひとえに二人の雰囲気の差が要因である。オルゼスがいかにも武人らしい頑強な体格であるのに対し、団長と呼ばれる人物はあまりに貧弱な体つきだった。齢を重ねた皮膚は弛み、筋肉がどこについているのかと首を傾げたくなる。ただ濁った瞳にだけは強い光が宿り、狡猾さとふてぶてしさが漲っていた。汚らしい無精髭を生やした口元には常に嫌らしい笑みが浮かべられ、ひとつも騎士らしくない。そんな人間にオルゼスが頭を下げるなど、何かがおかしいとしか思えなかった。
「ゼキア、とかいったか。お前この先の村の出身らしいな」
 それが顔に出ていたからかは分からないが、団長はじろりと視線をゼキアにやると溜め息をもらした。
「本来なら騎士団は、お前のような卑しい身分の者が所属出来るような組織ではない。だが、剣と魔法の両方を扱える人間は貴重だからな。せいぜい我らの益となるように努めよ」
「……はい」
 奥歯を噛み締め、ゼキアはようやくそれだけを返答した。そうだ、この組織は腐敗しきっているのだ。普段接しているオルゼスがまともなだけで、ろくな人間がいない。それは身を持って知っていたはずではないか。
 だか、それゆえに自分はここにいるのである。故郷を守るためなのだと己に言い聞かせ、ゼキアは煮えたぎる感情を腹の底へと押し込めた。
「……では団長、我々はこれで」
 オルゼスがそう切り出したことに、ゼキアは僅かに安堵した。堪えなければならないと解っていても、不快な思いをする時間は短いに越したことはないのだ。相手も特に引き止める気は無いらしく、片手で払いのけるような仕草で下がれ、と示しただけだった。そのまま天幕を後にするオルゼスに、ゼキアも続く。
「……あれが、団長?」
 しばらく歩いた後、人目を憚りつつもゼキアは囁いた。小声ながらも、嫌悪感だけはたっぷり込めて。
「何を言いたいのかは察するが、今は口を慎め。誰が聞いているか分からんぞ」
「この辺、偵察隊の天幕だろ。どこも出払ってる」
 流石にゼキアも、誰にでも聞こえる場所で発言するほど抜けてはいない。団長の天幕へ赴く際、偵察隊が出発するのを横目で見ていたのである。そんなゼキアの反論に、オルゼスは小さく肩を竦めた。
「目端が利くようで何よりだ。そうだ、彼がファビアン・カルジーン団長……古くから続く資産家の出でな。昔から拝金主義で有名だ。今の地位も、本人の実力ではないだろうな」
「ふーん。どうりで偉ぶってる割に貧弱そうだと思った」


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