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「是非ともそうしてくれ。それと、これは前祝いだ」
 オルゼスはゼキアの態度に軽く肩を竦めると、言下に何かを差し出した。布に包まれた、長い棒状の物だ。開けてみろ、と促され、ゼキアは言われるがままに布を剥ぎ取っていく。そうして姿を表したものに、ゼキアは目を見張った。
「……剣?」
 恐る恐る、ゼキアはそれを手に取った。ずっしりとした重みが腕にかかり、刃がその存在を主張する。訓練用の剣なら何度も触ったことがあったが、そんな量産品とは明らかに質が違う。金の細工が施された柄には大粒の赤い石が嵌め込まれ、発する気配からそれが魔法の触媒であることを感じ取ることが出来た。漆黒の鞘から抜き放たれた刀身は白々と光を放ち、鋭い切れ味を窺わせる。何より驚いたのは、初めて手にしたとは思えない程ゼキアの手に馴染んでいることだった。
「こんな物、貰っていいのか?」
 贅沢とは縁の遠い生活を送ってきたゼキアだったが、この剣が相当に上等品であることは理解できた。オルゼスが自分を気にかけてくれるのは嬉しいが、流石にこんな品を受け取るのは気が引けてしまう。それが顔にも出ていたのか、オルゼスはそんな遠慮を笑って受け流した。
「お前のための物だ、返されても困る。まぁ、今まで苦労した分と思えばそう高いものでもないだろう」
「……じゃあ、貰っとく」
 そんなもの、だろうか。そう思いながらも突き返すことは出来ず、ゼキアは素直に祝いの品を受け取ることにした。確かに、剣技と魔法の両方を扱うゼキアにはうってつけな品物である。魔法師が使うための剣などそうそう見かける物ではない。オルゼスは何も言わないが、間違いなくゼキアのために探すか作らせるかした物だろう。それだけ期待されている、ということか。ならば、応えないわけにはいくまい。
 だがひとつ不可解なのは、なぜオルゼスがそこまでしてくれるのかということである。学院に入ったのは彼の推薦だったとはいえ、由緒ある騎士が貧しい子供にそこまで入れ込む理由も無いはずだ。成績が悪くなれば推薦した人間の評価にも関わってくるが、オルゼスの場合それを気にしてゼキアを構っている風でもない。慈善活動にしては、少々過剰すぎる気がする。
「……有り難いけどさ、なんでオルゼスはそんなに俺に良くしてくれるんだ?」
 疑問をそのまま口にする。今回に限った話ではなく、彼は常にゼキアを支えてくれていた。彼の善意を疑ったことはないが、ただ純粋に不思議に思うのである。オルゼスはすぐには答えず、困ったように視線をさまよわせた。
「そう、だな。故郷から連れ出したからには、とことん面倒を見ようと思っていたのもあるが」
 そこで言葉を区切ると、オルゼスはふと遠くを見るように目を細めた。それは、ここにはいない誰かを見つめるような――そんな目だと、ゼキアは思った。
「……なんだか、息子が戻ってきたようでな。お前が懐いてくれるのが嬉しかったんだよ」
「息子? あんた子供がいたのか?」
 初めて知る事実に、ゼキアは驚き瞠目した。確かに彼の年齢や身分を考えればおかしい話ではないが、今まで子供の話などついぞ聞いたことがなかった。しかしオルゼスの表情を見れば、薄らとその理由を悟ることは出来る。
「いたんだよ。小さい頃に病で亡くしてしまったがな。生きていれば、丁度お前と同じくらいだ」
 概ね予想通りだった答えに、ゼキアは言葉を詰まらせた。どう返すか悩んだ挙げ句、そうか、とだけ小さく呟く。聞いたことがなかったというよりは、オルゼス自身が話すことを避けていたのかもしれない。
「お前が気に病むことじゃない。それに、もう何年も前の話だ」
「うわっ、何すんだよいきなり!」
 そんな気まずさを察してか、オルゼスは乱暴にゼキアの髪を掻き乱す。文句を言いながら見上げた視線が合えば、オルゼスは微かに口の端を持ち上げた。その顔に既に憂いの気配はなく、ひとまずはその言葉を信用して大丈夫なようだ。ゼキアとしてもオルゼスはもう一人の父のようなものである。息子のようだと言われて悪い気はしない。今、彼の心が穏やかなら、現状はそう悪いものでもないだろう。
「さぁ、私はそろそろ戻るとしよう。後はまた当日にな」
「……おう」
 乱れた髪を直しながら、ゼキアは頷いた。遠征ということは、オルゼスもその準備で忙しいのだろう。挨拶もそこそこに帰路に着く背中を見送り、ゼキアもまた自室へ戻る道を辿り始めた。贈られた剣に時折手を這わせ、来たる日に思いを馳せながら。


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