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19


「……リスタ、走って宿屋の女将さんのとこまで行って助けてもらえ」
 小声でリスタに呼び掛けるが、彼女は首を振ってゼキアにしがみつくばかりだった。未だに嗚咽を漏らす妹を守ってやらなければと思うが、彼女の手を引いて男から逃げきれるまでの自信は無い。まがりなりにも、相手は騎士だ。あっという間に捕まえられてしまうだろう。仮にどうにかなっても、すぐ探し出されてお終いだ。行動を起こしたのはいいものの、今更ながら冷や汗が身体を伝う。
「だんまりか? 大人に対する礼儀を知らんようだな。これは躾が必要だな」
 気色の悪い猫撫で声で、男は距離を詰めてきた。こちらが怖がる様子を面白がるように、じわじわと近寄ってくる。どうするべき、だろうか。村の大人達も事態に気付いてはいるのだろうが、己の身に飛び火することを恐れてか駆け付ける気配はない。このまま大人しく男にいたぶられるか、どうにかして逃げる道を探るか。僅かの間逡巡し、ゼキアは最終的に後者を選んだ。
「リスタ、逃げろ!」
 叫びながら妹の手を振り払い、突き飛ばす。次に足元の砂利を掴み取って男の顔に投げつけ、ゼキアは突進した。相手が微かに呻き声を上げて怯んだ隙に、木の枝を握りしめて飛びかかる。どうにか気絶でもさせられれば、と思ったが、いささかその考えは浅はかであった。
「この……餓鬼がぁ!」
「うわぁあ!」
 いともあっさりとゼキアの身体は弾き返され、地面へ転がった。その衝撃で武器にしていた枝もどこかへ飛ばされてしまう。だが、動きを止めるわけにはいかない。有らん限りの素早さで起き上がり、男を振り返る。その時には男の手は振り上げられ――鈍く光る得物が握られていた。
「おらぁ!」
 咄嗟に身を翻し、最初の斬撃は空振りに終わる。だが、それで安心など出来なかった。今度こそ、完全に腰が抜けてしまったのだ。土の上にうずくまり、身体を動かすことが出来ない。代わりに心臓がやたらと早鐘を打ち、呼吸が荒くなる。次の刃は、すぐには振り下ろされなかった。男はそんなゼキアを見て薄く笑みを浮かべ、恐怖を増強させるようにわざと足音を立てて歩み寄る。
「……残念だったな。騎士様に逆らうとこうなるんだ。よく覚えておけ!」
 遂に眼前へ到達した男は、そうゼキアを見下しながら剣を振りかざした。切られる――そう確信して、固く目を閉じた時のことだった。
「何の騒ぎだ」
 その声が聞こえた途端、ぴたりと男の動きが止まった。目の前の人物とは違う低く威厳のある声に、ゼキアはゆるゆると瞼を開ける。
「バート・ウィーデン。一体そこで何をしている?」
「は、オルゼス副団長……」
 バートと呼ばれた男は慌てて剣を納めると、胸に手を当てて礼をとった。どうやら、命拾いしたらしい。やや間をおいてそう認識したゼキアは、もう一人の男に目を向けた。バートという男と同じ、騎士団の制服だ。ただ、胸元の紋章だけは違う。もっと複雑で華やかなものだった。恐らくは、こちらの男の方が階級が上なのだろう。三十代も半ばほどだろうか。ゼキアの父と同じくらいに見える。きっちりと後ろに撫でつけられた鉄色の髪に、伸びた背筋と厳しい眼光。同じ騎士だというのに、全く違う印象だった。
「え、ええ、これは村の子供と交流を深めようかと思いまして」
 見るからに取り乱した様子で、男は言い訳を口にする。だが、それが通じる相手ではないようだった。
「子供と遊ぶのに真剣を抜く者がどこにいる」
「いえ、ほんの冗談ですよ……剣を見てみたいとこの子が言うものですから」
 それにも関わらず、男は白々しい嘘を吐く。唐突に話の引き合いに出され、ゼキアは激昂した。よくそんなことが言えたものだ。騎士とは、こんな下衆ばかりなのだろうか。再び危険に陥る可能性など忘れ、感情のままに叫ぶ。
「ふざけんな! そんなこと言ってねぇし、先にリスタに手を出したのはお前だろ!」
「……彼はこう言っているが? 今し方、宿屋に泣きながら駆け込んできた少女が居たな」
 意外にも、オルゼスという男はゼキアを擁護する姿勢を見せた。バートはゼキアを一瞥すると、忌々しげに舌打ちする。
「……少女がぼうっとしていてぶつかったので、注意を」
「注意、な。もういい、戻って出立の準備をしろ。お前の処遇は王都に戻り次第考える」
 バートは短く返事をすると、早足にその場から立ち去って行った。残ったオルゼスは深々と息を吐き、ゼキアを見下ろす。


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