×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


9

「それにしても……慣れてると言っていたが、神殿にはどれくらい通っているんだ?」
 喉を潤して一息つけば多少の余裕もでき、ユイスは道すがらに感じていた疑問を口にした。これだけ険しい道である。数回行き来したことがある程度では、あんな風に軽々と進んで行けると思えない。どれだけ足繁く通っているのか、少々気になっていたのである。
「うーん……三、四日に一度くらい」
「そんなに?」
 何の気なしにエルドが答えた内容に、ユイスは瞠目した。山登りの頻回さにもだが、何より彼がそれ程信心深いとは思わなかったのだ。彼自身、聖職者なんて柄じゃない、と言っていたので尚更である。ルーナやイルベスのように、街中に神殿があるのなら毎日通う者もいるだろうが――わざわざ頻繁に祈りを捧げに行く理由があるのだろうか。
「意外だな。失礼かもしれないが、そんなに熱心だとは思わなかった」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。なんか習慣というか、行かないと落ち着かないというか」
 それを熱心と言うのではないか、と思いつつ、ユイスはそれ以上話を掘り下げるのはやめておくことにした。他人には話しづらいのかもしれないし、追及する必要性も感じない。代わりに、エルドが用意していた食事に手をつけることにした。食事といってもパンと少量の果物だけだが、疲労困憊の身には有り難い。
「そういえばさ、クロック症候群を調べて旅してるって言ってたけど、他はどんな所を回ってきたんだ?」
 ユイスに合わせてパンを噛み千切りながら、不意にエルドが切り出した。クロック症候群を持ち出されて微僅かな緊張が走ったが、すぐに聴きたいのは他のことだと分かった。一瞬その声はどこか弾んでおり、瞳は好奇心にきらめいている。彼くらいの年頃の、特に男子は旅人や行商人の話を聴きたがるものなのだ。見知らぬ土地への興味と憧れがそうさせるのだろう。ユイスにもそんな時期があったものである。
「そうだな、フェルダの町は知っているか? そこの神殿で――」
 期待に満ちた眼差しに応えるべく、質素な食事に彩りを添えるようにユイスは旅の過程を語り始めた。勿論、己の出自や精霊王とのやりとりなどは省き、他愛ない世間話に収まる内容のみだ。エルドが知りたいのはまさにその他愛ない内容であったはずなので、特にそれで支障はない筈である。
「そっか、いいなぁ……って、仕事なんだもんな、そんなこと言っちゃ駄目だな。でも俺、あんまり町の外に出る機会がないからちょっと羨ましいよ。なぁ、王都には行った?」
「王都、か。今回は、立ち寄らなかったな」
 行ったも何も出身地なのだが、ユイスの現在の身分はルーナの神官、ということになっている。万が一にも失言が無いようにと言葉を濁しつつ、ユイスは城に残してきた人々に思いを馳せた。父王やティムトは息災にしているだろうか。都の民に変わりはないだろうか。一応手紙を書いてはみたが、心配症の従者が胃を痛めているのはなんとなく想像がつく。
「ふぅん。王様がいる街ってどんなとこなんだろうなぁ……あ、王都っていえばさ」
 まだ見ぬ王都を夢想していたように見えたエルドだったが、ふと思い出したように首を傾げた。
「誰から聞いたんだったかな……噂だけど、王子様がすっかり公共の場に姿を見せなくなったとか。クロック症候群じゃないか、なんて言われてるらしいぜ。本当なら大変だよなぁ」
 不意打ちのようなエルドの言葉に、一瞬息が止まる。噂。それは酷く曖昧でありながら、時に真実を多分に含むものである。どこからか情報が漏れたのか、クロック症候群の不安に煽られた大衆の中で自然に生まれた話なのか、原因は確かめようもない。ただ、これが良くない傾向であることは確かだ。噂の内容がほぼ真実であると露呈すれば、少なからず混乱が起きる。
「そんな話があったんですね。私達がルーナにいたころは、聞かなかった気がしますけど……」
「そう、だな。ただの噂ならいいが」
 さりげなくレイアが出してくれた助け船に乗り、なんとか頷き返す。ぎこちない挙動であったことは間違いなかったが、幸いエルドはそっか、と軽く同調しただけだった。単に気にしていないのか――もしくは、レイアが会話に入ったからだろうか。
 最初からそうだったが、エルドはあまり積極的にレイアと言葉を交わさない。気のせいかとも思ったが、この道中でも彼からは殆ど声を掛けていないので、やはり避けているのだろう。レイアの方は特別エルドに悪感情があるわけでもないようなので、些か疑問ではある。ただの考えすぎ、だろうか。
「さ、飯も食ったし、そろそろ行こうぜ。早くしないと日が暮れちまう」
 ユイスが考え込むうちにエルドは辺りを片付け、服に付いた土を払って立ち上がった。彼の言う通りである。時柱の手掛かりが得なければいけないことを考えれば、些細なことで立ち止まっているわけにはいかない。
「全くだな。急ごう」
 エルドに倣って立ち上がり、レイアに手を貸し、イルファの所在を確認する。心の片隅に残るざわつきには耳を塞ぎ、ユイスは先を急ぐことに専念した。


[ 9/18 ]

[*prev] [next#]



[しおりを挟む]


戻る