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 話に違わず、風の神殿への道程は険しいものだった。鬱蒼と頭上を覆う木々のお陰で薄暗く、湿り気の多い土は足が沈んで余計に体力を消耗する。道幅も狭く、太い木の根と苔むした岩があちこちにのさばっていた。階段と呼ぶにも躊躇うような、辛うじて人の手が入ったような段差を何度も越えねばならなかったし、ひとたび足を踏み外せば谷底へ真っ逆さま、というような場所もあった。
「おーい、大丈夫か?」
 ユイス達よりいくらか前行くエルドが、振り返り声を張り上げた。応えねば、と思うものの、息が切れて上手く言葉が出ない。黙って片手を挙げるのがやっとだった。
 慣れている、と自負していただけあって、エルドの足取りは軽快そのものであった。心配していた崖崩れもなく、多少のぬかるみはあるが道の状態は良いので歩きやすい――というのは彼の言である。とはいえユイス達は山歩きに不慣れで、特にレイアの体力がいつまで持つかが一番の気掛かりだった。エルド曰わく調子よく進めれば正午には着けるとのことだったが、太陽の位置を見るにとうにその時刻は過ぎていることだろう。
「もう少ししたら休憩できる場所があるから、そこまで頑張れよ。そろそろ飯にしようぜ」
 励ますようにユイス達の傍に戻ってきたエルドが、自分の荷物を示しながら言った。休憩、という言葉に僅かながら気力が戻ってくる。ただ、一番喜んだのは疲れとは無縁の精霊だった。
「おー、やったー! めしだー!」
「あ、こらイルファ! あーもう、俺先に行ってるな!」
 飯、という一言に反応して飛び出したイルファを追って、エルドは再び先の道を駆けて行った。よくもあれだけ身軽に動けるものだ。感心とも呆れともつかない溜め息を零しつつ、ユイスは背後を振り返った。
「だ、そうだ。歩けるか、レイア」
「……はい。なんとか」
 力なく微笑んだレイアに手を貸しつつ、ユイスは急勾配の斜面に挑み始めた。歩くうちに多少のコツは掴んでいたものの、エルドのようにはいかない。そういえば、神殿には苦行を積むことで精神を鍛える、という考え方がある。風の神殿は特にそれが強いと聞いた。こんな場所に神殿が築かれたのはそのせいなのかもしれない。
 苦心の末にようやく斜面を登りきると、確かにエルドの言った通り小休止が出来そうな平らな地面があった。
「来た来た、お疲れさん。な、大変だって言っただろ?」
 先んじて辿り着いていたエルドが、こちらの姿を見つけて手招きする。ユイス達が追いつくまでの間にすっかり食事の支度を整えてくれたようだ。地面に麻布を敷き、その上で荷物を解いてある。イルファ用にビスケットも持って来ていたようで、今は大人しく岩の上で嗜好品を楽しんでいた。
「ここまでは集団じゃ通れない道なんだ。迷いやすいし高低差がきついんだけど、こっちの方が早いからさ。この先からは広い参道に合流するから、多少は楽だと思うよ」
 話しながら、エルドはユイスの前に水筒を差し出した。近くの沢で新たに汲んできたものなのか、器越しにも少し冷たく感じる。彼の心遣いを有り難く受け取り、レイアにも水を回した。
「……本当に助かったよ、エルド。情けない話だが、私達だけではどうなっていたか分からないな」
「だろ? 案内料弾んでくれよな」
 満足気な笑みと共に、エルドはしっかりと対価をせびる。その抜け目なさに面食らいつつも、出し渋るわけにはいかないな、とユイスは苦笑した。


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