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 山肌を切り崩して無理矢理平らにしたような場所に、風の神殿はひっそりと佇んでいた。他の神殿と同じように建物は白で統一され、門前にはそこで祀る精霊の像が置かれている。異なっているのは、敷地全体を囲む防壁が無いことだ。この険しい山道自体が自然の要塞のようなものだから必要ないのだろう。木の根と伸びた枝葉、突き出た岩々と同化した外観は、厳かでありながらもどこか異様さを感じさせた。更に特徴的なのは高く聳える尖塔である。周りの木々さえ追い越し、天を貫くようにして地上を見下ろしている。天から吹き下ろした風を受け止める、風の神殿の象徴といったところだろうか。
 しかしユイスは、印象的な外観より別のことに意識が向いた。
「……静かだな」
 神殿に辿り着き、真っ先に口にした感想がそれだった。入り口に立つ衛兵もいなければ、神官達の姿も見えない。立地の関係もあり余所より規模の小さな神殿ではあったが、それを鑑みてもこれほど人がいないものだろうか。
「中で、取り次いで頂けるでしょうか……」
 神殿を見上げたレイアもまた、訝しげに呟いた。大抵は門兵に書状を見せて司教に取り次いでもらうのだが、いないとなると誰か他の者を捕まえなければならない。勿論、中に神官がいれば問題ない話ではあるのだが、それすら不安になる静けさである。
「何そんな変な顔してるんだよ。神殿なんてそんな賑やかな場所でもないだろ。ほら、入ろうぜ」
 違和感の漂う空気に足踏みするユイス達とは対照的に、エルドは欠片ほどの疑問も持たない様子で先へ進んでいく。数日に一度は訪れているらしい彼が気にしないのだから、これが常のことなのだろうか。疑念は晴れないながらも、ユイス達はエルドに続き神殿の門戸をくぐった。
 屋内に入り、列柱の広間を抜け、中庭を通る回廊に出る。このまま道なりに行けば聖堂だ。しかしその間も、神官の一人、参拝客の一人ともすれ違わなかった。神聖さの感じられない、不気味な静謐。その中で、自分達の足音だけがやたらと耳に残る。エルドは何も言わない。だがこれは、いくらなんでも異常ではなかろうか――。
 そこで不意に、ユイスは町で聞いたエルドの言葉を思い出した。前の巡礼者達がそろそろ帰ってくる筈だが遅れている、という話だ。ユイス達はそれを待たずに出発したのだから、彼らが帰路についていればどこかで鉢合わせしそうなものである。だが、道中に巡礼者と出会うことはなかった。別の道を通っていたからかもしれないが、大きな集団なら多少離れていても人の気配が分かる筈だ。それが全く感じられなかった。ならば神殿にまだ残っているのだろうか。この奇妙な静寂のどこかに――そうだとしたら、些か不穏な気配がする。
「待ってくれエルド、流石に何か様子が――」
 不安に駆られてエルドを呼び止める。その瞬間だった。彼は不思議そうに振り返って何かを言いかけ――糸が切れたように、身体が傾いだ。瞳から光が消える。
「エルド!?」
 倒れる。そう思って咄嗟に手を伸ばすが、その前にエルドは意識を取り戻し自力で踏みとどまった。
「大丈夫か? 体調が悪いなら休んでいた方がいい」
「……ん、平気。時々あるんだ、こういうこと。すぐ治まったから大丈夫だよ」
 眠気を振り払う時のように、エルドは頬を両手で叩く。ユイスに頷いてみせると、彼は何事も無かったかのように微笑んだ。先ほど垣間見せた虚ろな瞳は見当たらない。別段顔色も悪くなく、平常通りのエルドに見えた。少なくとも、外見については。


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