×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


12



 ざり、と、何か異物を噛んだ感触がした。不快感を取り除こうと反射的に吐き捨てた唾は砂混じりで、舌の上が妙に塩辛い。身をよじると、あちこちが痺れたように痛んだ。小石か何かを下敷きにしたまま倒れていたようだ。その刺激で、ようやくユイスの意識は覚醒する。
「……生きているのか」
 己の身に降りかかった出来事を顧みて、ユイスは呟いた。水に叩きつけられ、波に揉まれ、足掻くほどに身体は沈んでいく。あれでよく溺死しなかったものだ。直前のクロック症候群の発作にしろ、不可解なあの海の荒れ方にしろ、ついに精霊の怒りが頂点に達し粛清が下されたかと思ったほどだが――どうやら自分は悪運が強いらしい。
 軋む身体を叱咤し、顔を上げる。辺りに他の人間の姿は無いようだった。レイアやイルファ、レニィはどうしただろう。同乗してくれた船乗り達も無事だろうか。自分のように上手くどこかに打ち上げられていればいいが、あの状況ではどんな形になっていてもおかしくはないだろう。その可能性はあまり考えたくはなかったが、彼らを探さないわけにはいかない。立ち上がり、まずは現在いる場所を把握しようと周辺を見渡し――そして、初めて明確に視界に映した光景に目を奪われた。
 頭上に輝いている太陽は水面に映るが如くゆらめき、地上には紗を通したかのような薄い光が降り注ぐ。深く青い空には大小様々な魚影が踊り、まるで海の中に立っているような気分になる。否、ここが真実海の底であることを確信するのに、それほど時間はかからなかった。まるで透明な硝子の箱を水に沈めたように、この辺り一帯だけが海水に満たされることを拒み空間が出来ているのだ。
 思わず後退った足下で、ぱき、と音が鳴る。踏み潰した砂礫は微かに乾いた響きを残して砕けた。海水で浸食されたようには見えないが、今し方まで自分が転がっていた石畳は至る箇所が剥がれ、ひび割れ、酷く傷んでいる。風化して崩れた壁。埃の溜まった水路。かつて人々の生活を支えていたもの達の、成れの果て。本来持っていた筈の色彩を失い、ここには寒々しい砂色しか残っていない。見えない硝子で覆われた箱庭は、永く放置された廃墟だった。それも、朽ちてから何百年と時が流れたものに違いなかった。
 そんな形骸化した町の中で、ひとつだけ元の面影を強く残している建築物があった。緩やかな上り坂の先に、白く巨大な柱が立ち並んでいる。更にその奥には、遠目にも分かるほど荘厳で優美な聖堂が見えた。
「神殿……か?」
 目にした形から導き出せる答えはそれしかなかった。退廃しきった町の中でも威風堂々とした姿を失わずにいるのは、やはり精霊の加護ゆえだろうか。
 少し悩んで、ユイスはその神殿に向かってみることにした。船で見せてもらった破片は、あの神殿のものかもしれない。ならば目指す手掛かりはそこにある。他の者の安否が気にならない訳ではなかったが、レイアが近くに流れ着いていれば同じことを考えるだろう。上手くいけば落ち合える。


[ 12/18 ]

[*prev] [next#]



[しおりを挟む]


戻る