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15

「本当に、すまない」
 何度目かの謝罪を口にする。自らの行動に後悔はない。しかし、申し訳なさが皆無というわけでもなかった。レニィは許すとも許さないとも言わず、小さく鼻を鳴らす。それと同時に細い水の帯が周囲に浮かび上がり、ユイス達の身体に巻き付いたかと思うとすぐに弾けて消えた。散り散りになった飛沫は衣服や肌を濡らし、光の粒となって体内に滲み込んでいく。不快感はなく、寧ろ暖かな湯に漬かっているような安心感があった。レニィの加護の力だ。
「これで帰りも大丈夫なはずなのね。上手くいくことを祈ってるの」
 そう言い残すと、レニィの姿は瞬く間に消えてしまった。不機嫌なままの、しかし最大級の激励を噛みしめ、ユイスは頷いた。
「さぁ、本番はここからだな」
 降り立ったのは中心部から離れてはいたが、行き先は分かりやすかった。白く聳える時柱の神殿はそれ自体が目印である。さほど労することもなく、ユイス達は聖堂の扉の前まで辿り着くことが出来た。
「壊すかー?」
 このところ立て続けに力を振るってきたイルファが口を開く。彼も気が昂っているのかもしれない。だが今回ばかりは穏便に済ませたいところである。
「必要ない。会いに来いと言ったのは向こうなのだから、入れてくれるだろう」
 そう言って手をかけようとすると、扉はまるで話を聞いていたかのように道を開けた。微かに音を立て、細く隙間を開いて静止する。ここから先は自分で選べ、とでも言われているようだ。
「ユイス様」
 呼び掛けられた声には、隠しきれない不安が見え隠れしていた。踏み出すことを躊躇うレイアの手を取り、自らの両手で包み込む。
「大丈夫だ。どうにでもしてみせる」
 根拠のない励ましだった。これでレイアの憂いが晴れるはずもない。しかし彼女は緩く手を握り返し、小さく頷いた。今は、それで充分だ。
 改めて扉に向き直り押し開こうと手を触れると、殆ど力を入れないうちに聖堂はユイス達を迎え入れた。ひとつ深呼吸をして、足を踏み入れる。時に取り残されたような空間は、相も変わらず美しかった。地上の神殿とは違う、海を通して注ぐ淡い光が波打つように辺りを照らし、幻想的かつ厳粛な光景を作り出している。だが改めて眺める聖堂はどこか無機質で、人々の祈りの気配が遠く感じた。元々奇跡的に風化のない場所だとは思ったが、使っていくうちに擦り減ったり、跡が残ってしまったような日常の痕跡すら見当たらないのだ。海の底ということを除いても、異質な神殿だった。無論、一番異質なのは最奥に安置された巨大な結晶ではあるのだが。
「覚悟はできたのかしら」
 抑揚のない問い掛け響く。待ち構えていたのは、期待通りノヴァとメネだった。彼女たちはいつ出会ってもさして表情を変えることはない。声も平坦で、恐ろしいことはなかった。なのに奇妙な威圧感を覚えてしまうのは、やはり背後に鎮座する時柱のせいだろうか。以前訪れた時は抉り取られたように窪んでいた箇所には、ヴァルトから奪い返した結晶がぴたりと収まっている。その中央には、かつて世界のために捧げられた少女が今も眠っていた。一歩間違えれば、レイアもああなる。その恐怖を押し殺して、ユイスは聖堂の中程で足を止めた。拳を握り、前を見据える。空気に呑まれてはならない。最後まで足掻くと決めたのだ。


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