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「……多少はましな顔になったな」
 ユイスの思考を読んでいたかのような間合いで、ティムトが呟いた。返す言葉に詰まって小さく肩を竦めると、今度は後頭部を叩かれた。痛みはない。だが、触れた部分から急速に頭が冷えていくような感覚がした。
「お前はいつも妙な行動力ばかりあるよな。あの時もそうだったし、旅に出た時もそうだった。なのに、今更何をぐずぐず悩んでるんだ」
「……そうだなぁ」
 曖昧に相槌を打ちながら、王都に帰ってからの出来事を思い返す。部屋に籠る以外にやったことといえば、王と神殿関係者へのクロック症候群の顛末の報告である。時柱というものの存在、それを持ち去ったヴァルトのこと。時柱の存続には人柱となる人間が必要であること。それらの事実は一通り王と神殿の上層部の耳には入れてあった。ただ一つ、次に人柱となるのがレイアである、ということを除いて。
 人柱となるのはどのような人間なのかと、そう投げかけられた疑問には言葉を濁したままだった。この瞬間にさえも、彼らは誰を生贄にすべきなのか議論を交わしていることだろう。そこに加わらずに済んだという意味では、軟禁生活は有難いものだったかもしれない。レイアが名指しされたのだと告げてしまえば、皆が彼女の犠牲を望むだろう。いや、そうでなくとも彼女の名前は挙がるかもしれない。己の身を犠牲に国を救う聖女。悲劇的で、叙情的で、とても都合がいい。彼女は身内とは疎遠であるし、民にも貴族にも反感を買わず、最も良い形で決着がつくだろう。国は個人の感情では動かない。全ての民と国家の未来のために動く。その波がうねりだしてしまえば、もうユイスが止めるのは不可能だ。王や他の人間を責めることも出来ない。それが為政者として正しい選択だと、何よりユイス自身が分かっていた。己の思考と行動がそれに背いていることも。
「たとえば、の話だが。自分が一番大切に思う人を生贄に捧げなければ国が滅ぶ、と言われたら、お前はどうする?」
 気が緩んでいたせいだろうか。無意識のうちに、ユイスはそんな疑問を口走っていた。ティムトの顔が歪む。事の詳細を知らなくとも、勤勉で頭の回る彼ならば全てを察したことだろう。呆れられるか、軽蔑されるか――いずれにしても、口にしてしまった言葉は取り消せない。自らの迂闊さを呪いながら、諦めと微かな警戒をもってユイスはティムトの返答を待った。
「随分、規模の大きな話だな」
 溜め息まじりに呟かれた台詞には、ユイスが恐れた響きは含まれていなかった。眉間を指で押さえながらも、馬鹿にする風もなくティムトは続ける。
「とりあえず、その相手を連れて逃げるかどこかに隠す。国なんて滅びるなら滅びろと思うかもしれないな。でももし、守りたい相手がそれを許してくれなかったら……他の方法がないか最後まで悪あがきするさ」
 ティムトの言葉にユイスは瞠目した。まるで全て筒抜けではないか。彼はどこまで知っているのだろうか。
 しかしその回答に驚きはしても、悩みが解決することはなかった。他の方法など存在しないのだ。
「もう他に手がないと分かっていても?」
「それしかないだろう。どっちを取っても後悔するなら我を通せよ。そういうのは得意だろう」
 弱々しく返したユイスの言葉を、ティムトは鼻で笑った。どちらにしても後悔する。きっとその通りだろう。どの道を選んだとしても傷を負うことは避けられない。だが立ち止まったままでは全てを失うことになる。何もしないのが一番の悪だ――それを理解しても足踏みしてしまうユイスに、ティムトは更に畳み掛けた。
「俺は従者だからな。何かしでかすというなら付き合わざるをえない。ひとまず神殿の非公開書架でも漁ってみるか?」


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